社交ダンス物語 58 「危機管理のススメ」

コラム

 さて、春といえばダンスの競技会シーズン。関東甲信越の競技会には、くまなく出場しているチビハゲカップルの我々である。昨年は、地方と比べてレベルが高いといわれる東京の試合に出場して、散々な成績であった(第35話)。そしてこの度、東京で開催される試合に再度挑戦することにした。

 日本人であるからにして、「水と安全はタダ!」と思いたい所であるが、水はともかく安全はお金で買った方が良さそうだ。一本道を走り慣れている田舎人が、首都高を乗り回すのはキケンということで、交通費4万円をはたいてJRで東京へ行くことにした。

 試合前日、糸魚川を出陣。帰りの切符をリーダーに渡そうとしたところ、預かって欲しいと頼まれた。
「危機管理がないわ。試合にボロ負けして、パートナーがぷいっと帰ってしまうこともあり得るわよ。」
リーダーは帰りの切符を、パートナーから受け取る。

 東京へ到着。会場は、浅草駅のすぐそば。少し時間があったので、浅草寺へ行って明日の試合の健闘を祈願することにした。雷門をくぐり、仲見世通りを歩く。人形焼きや煎餅の店が、ずらりと並んでいた。香ばしい匂いが漂う中、カツラ屋の前でふと足が止まる。それから、ご本尊をお参りする。
「試合に勝ちますように。髪が生えてきますように。」
そう願いつつ、もくもくと出ている線香のけむりを掴んでは、互いの頭にかけ合う。

 何事も危機管理は肝心だ。前回の山梨県大会では、試合直前にドレスのフロートが切れるというハプニングが生じた(第37話)。今回の試合は万全を期して、ドレスの色と同じ赤い糸を針に通して、すぐに縫い付けられるよう用意してある。試合前夜の、食べ過ぎ飲み過ぎにも注意した。リーダーも私もその晩、大好きなビールとワインを各1杯ずつで節制した。

 試合当日、早朝より会場へ向かった。競技種目はワルツとタンゴ。約450組のペアが出場。その中で、ベスト12に残らなければ昇級できない。これから試合が始まろうとしている時、リーダーが大慌てしている。新品の蝶ネクタイのヒモの部分が、首の長さまで届かないというのだ。
「危機管理がないわ! 一度は付けてみるものよ。」
「まさかネクタイが首より短いなんて、想像もしないよ!」
スタンダードの競技会で、ノーネクタイで試合に出るなんて、刀を持たずに戦場へ向かうようなものだ。幸いにも、古いネクタイがキャリーバッグの底に入っていた。ほっとする二人。

 さて、競技結果といえば…。井の中の蛙、大海を知る(苦笑)。やはり、東京のレベルは高い! もう少しイケルと思ったのに、想像を遥かに越える悲惨な成績であった。足取り重く、二人は上野駅へと向かった。

 駅のホームではリーダーが、帰りの新幹線の中で飲むビールとワインを調達している。
「上には上がいるものね」
結果を振り返り、パートナーはつぶやく。
「上には上がいるさ。見てごらん、あのオジさんを。僕らよりも、沢山の酒を買い込んでいるよ」
キヨスクを眺めて、ニッコリ微笑むリーダーであった。
 
●帰りの電車の中でリーダーは熟睡。危うく福井(終点)まで乗り過ごすところでした。 危機管理なさすぎ! 隣にパートナーがいて、良かったね。(笑)



著者名 眼科 池田成子