かつては『他人事』が、50を過ぎた頃からひしひしと実感いたします。人生100年時代、職種は多種多様、元気に働いておられるシニア世代の方は、大勢いらっしゃいます。医師の場合、基本的に定年はありません。故・日野原重明先生は、神様です。100歳を過ぎても、日本の医療界のリーダーとして、現役でご活躍なさっていたのですから。残念ながら外科系の執刀医は、そういう訳にはゆきません。執刀医は『短命』といえましょう。年を重ねることで経験と知識は得られます。でも、体力・気力・集中力は衰える一方。自分も含め、シニア世代の執刀医は、手術室で『老眼』『持久力』『トイレ』と切実に戦っております。(涙)
ここで、国民の命と安全を守る自衛官を例にあげてみましょう。将官クラスの定年は60歳、曹士の定年は53歳とされています。隊員不足が最も顕著なのは、危険を伴う過酷な現場で働く曹士クラスといわれます。53歳で定年だなんて、早すぎと思われますよね。でも、経験を生かしてハードな現場でマックスに働けるのはその年代までと、うなずけます。(自分の場合、50と53では大ちがいでした。)経験のある人は、もちろん必要です。でも現場では、徹夜でも働ける若い人達の戦力が必要とされます。緊迫する手術室では、執刀医はレンジャーさながらです。強靭な精神力が試される肉体労働者であります。
「いつまで執刀するのだろう…」
50半ばを過ぎた先輩達は、各々そう言っています。逆に、何歳まで執刀しても良いのでしょうか? これって、高齢者の自動車運転のようにも思えます。かつてダンスのレッスンに向かう途中、赤信号で止まっていたら、86歳の男性から追突されました。(第223話) 執刀医には免許返納はありませんし、高齢者の適正検査もありません。人の命(眼)をあずかる重大な任務です。自分はまだ大丈夫と思っていても、事故を起こしかねません。勤務医の場合、年だから、疲れたからという理由で、手術の規模を縮小することも許されません。
「あと10年は、手術できると思う。」
うちの病院の外科のS先生、50を迎えてそう語っていました。S先生と同じ、自分は地域に一つしかない総合病院へ、大学から派遣されているドクターです。いわば、兵隊さん。糸病・眼科の池田、兵隊さんとして自分はまだ若いと思っておりましたが、いつしか『老兵』になっていたのでした。
『老兵は死なず、ただ消え去るのみ』
これはマッカーサー元帥の、心に響く演説です。去る日を意識して、今日の業務を尽くします。その日が誇りに思えますことを…
☆ 老パートナーは去らず、ただリーダーにぶら下がるのみ。(笑)
著者名 眼科 池田成子