新型コロナウイルスの感染リスクを避けるため、人との距離を保つこと、これはソーシャルディスタンス(社会的距離)といわれます。日本では2メートル、アメリカでは6フィート(約1.8メートル)とされています。では、この距離を保てば、私たちは十分で安全なのかと思いきや、これでは不十分と示唆する研究報告があります。米国Ansys社の作成したシミュレーション動画によると、ランニングしている人から放たれたくしゃみや咳などの飛沫は、後ろに向かって6フィート以上広がっていました。つまり縦列でランニングする場合、6フィートの『社会的距離』では、ランナーを感染リスクから十分に守ることができないことが検証されたのです。
また、エアゾール研究者のポートランド州立大学のリチャード・コルシ博士は、室外にいる時でも人とは20フィート(約6メートル)離れる必要があると訴えています。でも、駅やグランドで、常に人との距離を6メートル保つことは至難の業。では、室内ではどうでしょう。エアゾール研究者達の主張によると、咳やくしゃみ、息を吐き出すことにより放たれる大小様々なサイズの飛沫が含まれる『ガス状の雲』は、室内では秒速10メートルから100メートルで、23~27フィート(7~8メートル)先まで飛ぶのだそうです。つまり、マスクなしでコホンと咳をすると、室内では最大8メートル飛ぶことになります。
以上の研究からも、室内では屋外よりも明らかに感染リスクが高まることがわかります。ここで、3密(密閉・密集・密接)の代表格といえば、何と言っても社交ダンス。(8メートル離れて踊れだなんて無理!)密接といえば、病院においては、眼科診療と歯科診療があげられます。麻酔科もそうですね。患者さまの喉を直接のぞきながら、挿管しますので。(ギガ・キケン!)眼科診療では、眼の検査を行うにあたり、患者さまには顎台の付いた器械(細隙灯顕微鏡)に、顎を乗せていただきます。眼科医は患者さまと対面し、反対側の接眼レンズから患者さまの眼を観察します。その際、眼科医と患者さまのお顔との距離は約25センチ。なお、ベッドから起き上がれない患者さまや、赤ちゃんの眼を診察する時は、手持ち式の顕微鏡を用います。この場合さらに顔は接近し、その距離は約15センチとなります。
先日、病院からコールがありました。ウイルス感染した患者さまの目の診療依頼です。この場合のウイルスは新型コロナではなく、帯状ヘルペスでした。水ぼうそうの原因ウイルスですね。ヘルペスウイルスは目に入ると、失明にかかわる重篤な角膜炎やぶどう膜炎を起こすことがあります。救急外来では90歳の女性患者さまが、目の周りを腫らして待っておられました。車いすで来院されましたが、その患者さま、体を起こすことが困難で、検査用の顎台に顎が乗りません。よって、手持ち式の顕微鏡を用いました。幸い、角膜炎やぶどう膜炎はみられませんでした。
「良かったですね。眼に異常はありません。」
そう申し上げたところ、そのご高齢の女性患者さま、お耳が遠いのでしょうか? 医師の言葉が聞こえづらい様子。近くへ寄るよう促されました。
「お母さんの目は、大丈夫ですよ!」
患者さまの耳元で、そう申し上げる次第であります。
医療従事者も患者さまも、危険が少ない状態がベスト。オンライン診療を行っている病院があるとはいえ、眼の初診患者さまのオンライン診療は『夢』のごとし。十分な距離の確保といわれても、床屋さんと同じです。眼科医としての責務を果たすためには、『社会的距離』での診察は無理です。ああ、15センチ! 社交ダンスよりも、『密接』でござる。(涙)
「先生、逃げないで、居てくれたのですね。」
外来患者さまから、励ましのお言葉をいただきました。自分を必要として、来院してくださる患者さまがいらっしゃる限り、糸病・眼科の池田は頑張ります!
☆糸魚川総合病院は、地域の皆さまのご健康をお守りするため、全力を尽くします。
著者名 眼科 池田成子