社交ダンス物語 270 『待つ』を想う

コラム

 ダンスで『立ち』と『待ち』がテーマの、50代チビ・ハゲ独身男女。かつては憧れていた派手なバリエーションから離れて、ルンバのベーシックステップを地味に踏んでおります。ちなみに、ダンスで言う『立ち』とは、骨盤の上に背筋が乗っている状態をいいます。前号(第269話)で申し上げたように、10年以上もうちのリーダーと組んで踊っていますが、ルンバのベーシックステップのリードは未だに伝わってまいりません。(涙)そこでコーチャー(女先生)に聞いたところ、次のような回答をいただきました。
「背骨を通して、二人がつながっていないからです。」

 背骨を通して男女がつながる、ダンスをなさらない方にはご理解困難なことと想像されます。追求したら、きりがないのが社交ダンス。チビ・ハゲのダンスは二人が競い合ってまるで『運動会』のようと、コーチャーからコメントされていましたが、先日やっと自分は褒めてもらえました。
「池田さん、待つことを覚えましたね。」
ボールルームダンスでは、仕掛ける側が男子で女子は受け手です。よって女子は男子よりも、少し遅れて動くことになります。男と女の時間差、微妙なタイミングがあるんですね。女子は男子のアクションを感じて、瞬時に反応しなければなりません。その役割は、まるで『増幅器』。タイミングが悪いと二人で踊っていて、トラブルが生じます。一体感のある美しい踊りにはなりません。(男と女のタイミングといえば、ケッコンもそうなの?)

 さて、『待つ』で思い出しました。こんなキョーレツなエピソードがあります。かつて妹から聞いたお話です。当時、妹は大学1年生。池袋近郊のアパートに住んでいました。古いながらもアパートは静かで日当りが良く、眺めも最高。テラスが素晴らしいんですよ。ブルースが踊れるくらい広いテラスからは障害物なくサンシャイン60の摩天楼を独り占めできます。でも物件には、少々難あり。アパートには、お風呂もシャワーも付いておりません。その年の冬に、中東からの留学生(サリクという名の男の子)が入居してきました。当時はネットもスマホもない時代。(検索不可)
「フロヘ ツレテ クダサイ!」
妹はサリクから、そうお願いされたそうです。
 
 当時19才の大和撫子、「NO!」と断ることもできず。外国人男性を地元の銭湯へご案内しました。
「1時間後に、ここで待ち合わせしましょう。」
『男湯』と『女湯』が別れている銭湯の入り口からは、お互い別行動です。内心、コワい!と思っていた妹は、待ち合わせの時間が来ても女湯からは出ず。休憩所のマッサージ機に座り、おもむろにコーヒー牛乳を飲みながら、息をひそめてTVを見ていたそうです。約束の時間から2時間以上経過。外は寒いし、さすがにサリクは帰っただろうと女湯を出たところ、そこにはあり得へん光景が…。両手を合わせ凍えながら、同じアパートの女の子をひらすら待つサリクの姿があったのでした。時は真冬、その日の東京は珍しく大雪が振り、傘を持たずに妹を待つサリクの長いまつ毛には、白い雪が積もっていたそうです。重そうに、まぶたをパチクリさせながら…。

 『待つ』にちなんだ30年前のお話でした。美談と受け止めるか、コワいと受け取るかは、読者のあなた次第です。(笑)ところで、ダンスにしても、隣人にしても、自分を待ってくれる人がいるということは素晴らしいことですよね。筆者にとって何よりも嬉しいと思えるのは、糸魚川総合病院の外来を受診してくださる患者さまです。当院の眼科外来には、下記のような貼り紙が掲げてあります。
 
            眼科受診の患者様へ
眼科外来は、患者数が大変多い現状の中、医師1名により診察を行なっております。
予約以外の患者様の場合、3時間以上お待たせすることがございます。
ご迷惑をおかけし申し訳ございませんが、ご理解とご協力をお願い申し上げます。

 新潟県は、医師不足ナンバーワンの県といわれます。自分を必要として待ってくださる患者さまがいらっしゃる限り、糸病・眼科の池田は頑張ります! 医師にとって、こんなにありがたいことはありません。(笑)

著者名 眼科 池田成子