「目線は上!」
全日本シニアダンス選手権を目前にして。コーチャーはそう言って、チビ・ハゲ組を日本武道館へと送り出してくれました。うちのリーダーは、踊っている時に下を見る癖があります。ダンスは『目ヂカラ』が肝心、なのに目をつぶったまま踊っているように見えるなんて致命的。黒いマジックペンで、まぶたに目を書いてあげたいとコーチャーは言っております。日本武道館は広くて天井は高いのだから、その中で『見えてくる踊り』をしなければならないとコーチャーは力説。とにかく下を見ちゃダメ、上を見なさいと。
確かに、日本武道館は広くて天井は高い! アリーナ面積760坪、フロアから天井までの高さ42.85m(7階建てのうちのマンションの2倍)、収容人員14471人。アリーナの天井には巨大な日章旗(日の丸)が掲揚されています。まるで天蓋付きのコロセウムのよう。2階席、3階席からも眼下に見下ろすアリーナの様子が良く分かるよう、売店でオペラグラスが販売されているのは、その広大さを物語っています。
「武道館のフロアを全支配するつもりで踊りなさい。」
かつてコーチャーはそう言っていましたが(第84話)、この大舞台で『見えてくる踊り』を披露するのは、超人技ではないでしょうか?
6月9日に開催されたシニアスタンダード、日本全国から50組が出場しました。「身の程知らず!」と笑われても、本大会に参加できる最低限の出場資格が、チビ・ハゲにあったのでした。日本武道館という最高の檜舞台で、上級選手と同じヒートで踊らせてもらえるなんて、チビ・ハゲにとってこんな光栄なことはありません。さすが全日本。シニア(おじさん)とはいえ、燕尾服をまといフロアサイドで整列しているリーダー達は、青竹のように美しい。本年度の種目は、ワルツ、スローフォックストロットとクイックステップです。
「スピードを出さなきゃ、チビは見えてこない!」
チビ、お客様に見てもらえるよう懸命に踊る、踊る、踊るっ!
最後の種目クイックステップにて。勢い良くホップ・シャッセをしているその時のことです。ちょうど前方(進行方向)に2組の選手がいました。
「ぶつかるか?!」
軽く接触する程度と思いきや、リーダーは仰向けのまま派手に大転倒! リーダーにつられて、パートナーもなだれこむかのごとくリーダーの腹の上にうつ伏せになって転倒!
腹の上にパートナーが乗っているため、仰向けになったままリーダーは身動きがとれず。まるでカメのごとし。その時うちのリーダーが見たものは、日本武道館の天井に掲揚されている巨大な日の丸。目線はまさに真上! 武道館の天井を見るつもりで踊りなさいとコーチャーは喝を入れていましたが、仰せの通り最後に彼は見たのでした。次にリーダーの目に映ったのは、同じヒートで踊っていた新潟のI選手の顔だったそうです。手を差し伸べて、うちのリーダーを優しく引き起こしてくださいました。深謝いたします。お尻は痛いけど、幸い怪我なし。結果は3チェック、1次予選敗退。
「応援していたのよ。」
早々に出番が終わって観客席に戻ったチビ・ハゲに、初対面のお客様がニコニコしながらお声をかけてくださいました。(笑…涙)。柔道で鍛えたリーダーです(第176話)。ダンスの競技会で対戦相手とぶつかったぐらいで、自分は転ぶはずはないと自負していました。なのに、檜舞台で派手に大転倒。
「僕がぶつかったのが原因で転んでしまったようで、すみません。」
1次予選を同じヒートで闘って、ファイナル(決勝)に入った選手が申し訳なさそうに、うちのリーダーに謝っていました。ボールルームダンスの競技選手は、皆さん紳士です。お気遣い戴き、ありがとうございます。でも、うちのリーダーが転倒したのは、あなたのせいではありません。何を隠そう、リーダーがころんだ元凶はパートナーにあり。パートナーにスボンの裾を踏まれたのが原因でした。(ゴメンナサイ) ああ、目線は上! アマチュア競技選手のリーダーさんへ、上を向いて踊りましょう。(笑)
リーダー:「どうりでおかしいと思ったよ!」
パートナー:「フロアでは、あなたが一番見えていたかも。」(苦笑)
著者名 眼科 池田成子