社交ダンス物語 254 企業秘密

コラム

 うちの病院自慢のひとつは、お掃除が行き届いていること。院内の床は鏡のよう。いつもピカピカで、とても気持ち良いです。トイレも清潔。約40人のお掃除のプロが、毎日清掃してくれています。前話(第253話)では、トイレの『ちょこっと掃除』を推奨いたしました。現在住ませていただいているマンションのキッチンや洗面所は、入所した時からちょっと気になる汚れがあります。擦っても磨いても、通信販売で入手した外国製の洗剤(謎の液体)を使っても、汚れは完全には落ちません。そこで、当院に来てくれているお掃除のプロに、どんな洗剤を使っているのか、たずねてみました。すると次のような答えが返ってきました。
「市販の洗剤ではありません。契約されたものです。」
そこで切り口をかえて、別のお掃除のプロにアタック。手強いシンクの汚れを落とす必殺技をたずねてみました。
「企業秘密です。」
彼女はそう言って、ニッコリ。

 企業秘密とは、個人ないしひとつの集団、団体が、外集団に対して公開することのない情報をさす言葉。つまり企業秘密とは、知られると人が有利で、自分が不利になることですよね。お掃除の場合、汚れを落とす裏技を広めてしまったら、お掃除のプロに頼まなくなっちゃう? ところで、筆者はポテトサラダが大好きです。自分でも作りますが、糸魚川市内で自家製のポテトサラダを販売しているお店があります。そのお店のポテサラは絶品。ハムとポテトだけのシンプルなサラダですが、シンプルで勝負するほどムズカしいものはありません。それはダンスの『ベーシック・ステップ』と同じです。料理好きの筆者ですが、あのお味にはかないません。ハードルは高し。ポテトはどこ産? マヨネーズも自家製? 隠し味には何が使われているの? お店の女主人は、自分の患者さま。診察にいらっしゃる度に、それとなくレシピを聞き出そうと試みました。お返事はいつも同じです。
「ほっほっほっ。企業秘密よ。」

 さて、実は「手術」も「企業秘密」だった? 今の時代は、研修医の先生はプログラムを組んでもらい、指導医の先生から懇切丁寧に教えてもらっています。今は情報共有の時代。それに対し、筆者が大学病院で研修医をしていた平成のはじめは、手術のノウハウを先輩に聞いても、誰も教えてくれませんでした。
「教科書に書いてある。」
「盗んで覚えろ。」
そう言われるだけ。研修医に効率良く、素早く手術をマスターされてしまったら、先輩のメンツが立たないの? 盗めと言われて、先輩の執刀をとくと拝見。そして盗んだつもり。やってみろと言われ、メスを執ったとたんに「コラァ」とケリが跳んできます。
『盗んで覚えろと言ったくせに!』
こりゃヤバいと思った時、自分はピクリとも動かず。死んだふりをしました。(笑)えっ コワいって? これは外科系のお医者さんの世界の、懐かしき、古き良き時代のお話です。(苦笑)

 話をダンスに。ここで企業秘密といえば、ボールルームダンスもそうなの? ダンスライターであり、かつアマチュア競技選手として活躍されていた金沢正太さん著『プロが教えないダンス上達講座』、うちのリーダーは愛読していたそうです。そもそも、見て盗んで覚えられないのが、ボールルームダンス。これは手術と同じです。見よう見まねで形を作っても、その通りにはなりません。滑稽なだけ。ダンスはインナーマッスルを使います。
「触っていいです。」
そう言ってうちのコーチャー(女先生)は首から胸、お腹、腰からお尻にいたるまで、ご自分の美しきバディーを惜しみなく50代独身男性(うちのリーダー)に触らせています。身体の使い方を教えているんですね。だからといってコーチャーは、男の人なら誰にでも体を触らせている訳ではないでしょ。ああ、ボールルームダンスって本当に、有り難く得難き『企業秘密』なのでした。(笑)

著者名 眼科 池田成子