社交ダンス物語 248 クローズドの世界

コラム

 サークルで社交ダンスを習い始めて間もない頃のことです(第1話)。右足と左足を交互に出せと言われても、右足が2回出ています。ある日のこと、サークルの練習場で、見知らぬ男の人がワルツをシャドウで踊っていました。
「あの人は、競技選手だよ。」
サークルの先生が、耳打ちしてくれました。その時、自分が受けた印象とは…。
『コワすぎっ!』
その男の人、かっと目を見開き、猛烈な勢いで突進して踊っているのですから。(まるで、イノシシのよう)競技選手は凄い!と、ただただ驚くばかり。当時の自分はダンスの競技会を見る由もありません。

 サークルに通って1年足らず。ブルースを踊らせたら相手の足を踏むわ、ジルバを踊らせたら震度5。サークル主催のダンスパーティーにて。ある男の人から、ルンバを誘われた時のことです。
「私、踊れません。(自分はサークルの飲み会要員)」
「大丈夫ですよ。」
40歳前後と思われる些か髪の薄い男の人は、笑顔で腕を差し伸べてくれました。照れくさいのでしょうか? パーティーでは女性と目を合わさずに踊る男の人は少なくありませんよね。もっぱら人の目をのぞく職業の自分ですが、その人のピュアな視線に眼科医ハッとして、グッとくる。
『ステキ!ダンスの王子さまだわ!』

 チヤホヤされていたダンスサークルを去り、競技の世界に入って知ったこと。それは前段でワルツを踊っている姿に圧倒させられた男性は、アマチュア競技会でノービスを突破できず、パートナーである奥様からガミガミお叱りを受けていたという、サークルの先生の知人。そしてかつてのパーティーで『王子さま!』と感銘を受けた男性は、当時アマチュアラテンD級の競技選手。現在はB級に昇級したものの、競技会では毎回のように一次予選敗退。パートナーからは『ハゲ犬』(第178話)呼ばわりされているうちのリーダーです。(涙)

 世の中『知らない方が幸せ』ということが、沢山あります。
「僕以外の男を、知らなくていいよ。」
そう言って、パーティーでは彼女をご自分以外の男性と踊らせないリーダーさんがいると聞きます。また『和が乱れる』という理由で、上手なよそ者を寄せ付けないダンスサークルもあるそうです。こんなエピソードがあります。ご主人を亡くした筆者の先輩は、寂しさをまぎらすため社交ダンスを習われました。お教室に通ってわずか3年で、メダルテスト(第44話)を卒業。(アンビリーバボー!)その女医さん、先生以外の男性と踊ったことはないし、パーティーへ行ったこともないそうです。ダンスを深く知り、切実に思ったこと。それは女の人にとって良きも悪きもクローズドの世界に身を置くことは『幸せ』と言って、過言ではないでしょう。(笑)


☆競技の世界は他者との比較。ダンスをしていて惨めでない男、それは世界チャンピオンだけだ。(リーダー談)

著者名 眼科 池田成子