社交ダンス物語 220 去り際の美学 ピーク・エンドの法則

コラム

 日本人は「終わり方」に美学を求めるといわれます。終わり方といえばビジネスでの引き際、男と女の引き際、人生の引き際などいろいろ連想されますよね。一説によると、「際」は人の本性がむき出しになるところ。人は去り際が肝心と言われますが「去り際」の印象を良くすることで、自分の人間性も高く評価してもらえるそうです。

 ここで、美しい去り際を演出する「後引きしぐざ」についてのお話をしましょう。「あとひきしぐざ」とは江戸時代の人が「人との上手なつきあい方」、「公衆でのマナー」として使っていた「江戸しぐざ」と呼ばれる所作だそうです。良い印象を人に残すには、「終わり」が肝心。別れる時は「急いで立ち去らない」ことが大切で、あと一押しがエッセンスだそうです。例えば、すぐに立ち去らずに振り返り、別れる人と視線を合わせる、もしくは少しはなれてもう一度会釈をするなど。

 寺の娘であった自分も、かつてこのように教育されました。お寺参りに来てくださったお客さまには、雨風の日でも外へ出てお見送りをしなさいと。その際に、お客さまもしくは、お客さまが乗っておられる車が見えなくなるまで会釈し続けなさい。「ああ、帰った」とばかりに、さっさと玄関へ戻ってはいけませんと。逆に自分が客の立場の場合も、玄関を出てからも時々振り返り、見送ってくださっている方のお姿が小さくなって見えなくなるまで会釈しなさいと。

 さて、「去り際」が大事なのは心理学でいう「ピーク・エンドの法則」に関係しているそうです。ピーク・エンドの法則とは、ある出来事について、楽しさや苦しさ、喜びや悲しみが深く印象に残るのは、ほぼ完全に、その出来事のピーク(絶頂期)とエンド(最終局面)の状況に依存するというものです。それを、ダンスパーティーに当てはめてみましょう。ミキシングで当たったお相手とハピーなダンスを踊っている時が「ピーク」、そして踊り終えてお別れの時が「エンド」です。パーティーでは「ピーク」がいくら最高であっても、「エンド」で目も合わさずさっと立ち去られると、がっかりいたします。

 人に良い印象を残すには「終わり」が肝心。その点で、自分達の愛するダンスホール『銀の花』(第183話)はスゴい!男性のお客さんの、ダンスの技術が巧みなのは申し上げるまでもありませんが、共に楽しい時を過ごした女性客への「終わり」の所作が粋なのです。その例を挙げましょう。きゅっと手を握り、お別れする人に笑顔で視線を合わせて…
その1:「このままあなたと踊っていたい。でも、ほかの男性が許しません。」
その2:「興奮して、今夜は眠れそうにありません。」
その3:「あなたと踊れて、まるで宝くじに当たったかのよう…」
『一曲の恋人』と表現される社交ダンス、それは非日常であり大胆かつ大げさでこそあれ!クライマックス(終わり)は、特に印象に残ります。ダンスホール、そこにおける男女の去り際の美学には、江戸時代の「やさ男」たちも舌を巻く?(笑) 


★終わり良ければ、すべて良し!

著者名 眼科 池田成子