社交ダンス物語 205 パートナーは語る

コラム

「音をはずすなんて、ありえない…」
 今までは、できていると思っていた。だからあまり深く考えず、あたり前のように踊っていました。しかし先般、日本武道館で開催された全日本シニア選手権において、悪夢をみたのです。ダンサーならば、この世のものとは思えないような悲惨な光景がそこにありました。ルンバの競技種目を踊っている時に、競技選手ならば絶対にしてはならないことをしてしまったのです。そう、音をはずすこと。しかも2回。1回ミスをすると、それを取り返そうとして、さらに大きなミスをしてしまう。結果は最下位。(涙)

 これは言い訳にもなりません。男女が手(コネクション)を放して離れた後、男子はスピン、女子は低い姿勢でポーズをとった時、右足がフロアに引っかかってしまいました。その時です。まるで記憶がポーンと飛んでしまったかのように、自分は音がとれなくなっていたのです。焦りました。そして次は振り返って男子と向かい合うシーン、そこには愛の表現どころか、ぎょっとしたリーダーの表情が…。(パートナーは挙動不審)しばし修正不能。日本武道館という大舞台で、しかも大観衆の面前で、自分は赤恥をさらしたのです。ちなみに、ルンバは4拍子の音楽に合わせて踊りますが、基本的に1小節中に3歩のステップを踏みます。教科書(Latin American Rumba)には、音楽のアクセントは各小節の第1拍目にあり、第4拍目にはパーカシブ・アクセントがあると表記されています。昨年末に耳を患い(第192話)、広大なアリーナでは音が反響して聞き取りにくかったとはいえ、音がとれない選手がいるなんてありえへん光景。

 過ぎたことを悔やんでも仕方ありませんが、自分が惨めで情けない。ギガカッコ悪くて、涙も出ません! 豆腐で頭をかち割りたい気分。
「(音を外したパートナーの動きを)止めることができなかった僕が悪いんだ。成子さんが音をはずさなくても、結果は同じだったと思うよ。」
リーダーはそう言ってくれました。(彼は紳士です)
「ジャッジは男しか見ていない…」
今まではそう言って、負けたらリーダーのせいにしていました。認めたくはなかったけれど、ダンスにおいて自分は自立していない女(まるで葡萄のつる)。偉そうなことを散々言っておきながら、所詮はリーダーに踊らせてもらっていたに過ぎなかったのでした。そんな自分が愚か。この日のために努力を重ねてきたリーダーに申し訳ありません。コーチャーに合わせる顔もありません。最下位という結果は同じでも、ベストを尽くした最下位と、悔いを残す最下位では、自分にとっては雲泥の差なのです。

 『一生の不覚』というべき大恥を大会でさらして学んだこと、それは詰めが甘かったということです。「曖昧をなくす」ことが肝心。音を厳しくとることはもちろんのこと、いつも踏んでいるステップが正確か、理論的に説明できるか、本当に自分のものになっているかどうかを確かめる習慣が必要です。なんとなくできているではダメ。意識的に疑問を持ち、逐次コーチャーに確認してもらい、軌道修正してもらうことも大切。さて、前段では感情的になって、うちのリーダーを『紳士』と述べました。ここで改めて冷静に判断してみましょう。岩波の国語辞典によると、紳士とは品格があって礼儀正しい男子のこと。別の辞書には、立ち振る舞い・言動・行動などが社会的模範になるような立派な人とあります。ダンサーとして「見られている」を意識しているリーダーは、男子トイレも競技会のフロア同然。そこでも気を抜かず肛門をきゅっと締め、丹田(へその下三寸)を引き上げて、笑顔で周囲にアピールしているそうです。これはダンスのお作法です。周りの人から『変態』と思われていなければ良いのですが…。そもそも『紳士』と『変態』は紙一重といわれますので。


★へこんでばかりはいられない。次の試合はもう始まっている!(笑)

著者名 眼科 池田成子