社交ダンス物語 180 女はつらいよ

コラム

 災害による避難生活で、肺塞栓症(別名エコノミークラス症候群)という致死的な病気を引き起こすことが知られています。皆さまにはあまり馴染みのない病気かもしれませんが、胸の痛みや息苦しさを感じ、時にはいっきに呼吸停止してしまうコワい病気です。足の静脈に出来た血栓(血の固まり)が血流とともに肺に運ばれ、血管を塞いでしまうのが原因。2004年の新潟中越地震においては、震災後に肺塞栓症を起こした方は11名で、全員が女性。その半数以上が死亡。しかも死亡なさった方の大部分が、40代の比較的若い女性であったという報告があります。(心臓 Vol.46 No.5:2014)

 さらに、震災後の肺塞栓症の危険因子を分析すると、足にケガをしていること、トイレを我慢していた被災者の方に多いという結果でした。当院の朝の勉強会で、内科のM先生(第168話)がこのお話をされたら、なぜ全員が女性だったのか、一人ぐらい男がいてもよさそうなのに、男が一人もいなかったのは何故かと疑問の声が上がりました。医師達、考え込むこと暫し……。
「男は立ちションが出来るから!」
ある聡明な女医さんの発言に、みなさん納得。避難所環境でのトイレは、女性にとって重大な問題です。男性のように外で簡単に済ませる訳にはゆきませんので。足にケガをしていたら、なおさらのこと。トイレに行く回数を極力減らすために水分制限をすることで血液の粘稠度が増し、さらに避難所の狭いシートの上もしくは車中で長時間足を動かさないでいることで、血栓ができやすい病態へと誘発され、肺塞栓症を引き起こす負のスパイラルへ陥ってしまいます。

 さてここで、災害時に限らず職場においてもトイレ制限をしてしまう女性がいます。筆者がそう。入院患者さまの朝の回診は8時45分スタート。回診を終えたら、外来診療が始まります。地域の中核病院である当院は、眼科医師は一名のみ。午前の外来診療は必然的に午後に食い込みます。診療時間中にトイレに行きたくなることがありますが、大勢の外来患者さまをお待たせしている立場上、中座して外来の前の廊下を医師がトイレに向かってトコトコ歩くのは、きまり悪いしお見せ苦しい?
「先生、またトイレに行った…」
廊下を歩く時、患者さまのひそひそ話が聞こえることもありますが、そんな時は耳が痛く、肩身の狭い思いをするのです。そこで自分の場合、朝のコーヒーは1杯までと決めております。午前診療が終わるまで、給水もいたしません。これって体によろしくない?(田舎の目医者、診療中にアタマの血管詰まってしまう?)

 ここで、競技ダンスのパートナーさんなら、うなずいていただけるでしょう。ダンスをする女性も、トイレ制限を余儀なくされるからです。競技用ドレスはラテンにしてもスタンダードにしてもセパレーツではなく、上と下がつながっており、しかも脱着には時間を要します。長丁場の競技会では1次予選、2次予選、3次予選、4次予選、出場組数が多い場合は5次予選まであります。
「成子さん、ちょっとトイレに行って来る。」
リーダーはスポーツドリンクをゴクゴク飲んで、試合の合間にトイレへ走ります。しかし、パートナーの場合、ちょっとトイレという訳にはゆきません。飲水も差し控えてしまいます。汗の飛び散る競技会、水を絞って脱水寸前? 踊るどころか足がつる。尿意をもよおした時には、リーダーが2次、3次予選あたりで負けてくれて、ほっとすることもありますよ。(笑)

 夏も本番となってまいりました。熱中症にはご用心。病院の講堂でダンスの練習をしていると、救急車のサイレンが響いてまいります。脱水のため意識不明となり、夜間に救急搬送される患者さまは絶えません。ご高齢の方に多いのですが、夜中にトイレに行くのが億劫だからという理由で水分制限をなさったとか。そこで筆者からのメッセージ。トイレのジレンマ、お察しいたします。でも、命あってのモノダネ。生きていれば、世の中美味しいものは、まだまだ沢山あるはず。老若男女を問わず、この夏は水分をこまめに摂るよう心がけましょう。


♪嵐も吹けば 雨も降る 女の道よ なぜ険し~
 (それはトイレに行けないから…)

著者名 眼科 池田成子