社交ダンス物語 172 いざ福岡へ 手術学会

コラム

 「学会はお祭り」かつて前教授が、そう語っていたのが頷けます。学会、そこは国内外のドクター達が集まり、夏祭りのごとく熱くなる場所であります。年に一度開催される日本眼科手術学会に、筆者は毎年参加しております。本年度の会場は、福岡国際会議場。交通手段は飛行機となるため、午前の外来診療終了後にマイカーで糸魚川から富山空港へと向かいました。
 
 田舎人(筆者)は、飛行機に乗るのが苦手でございます。窮屈だし(ファーストクラスは別でしょうけど)、乾燥しているし、耳が痛い。そして何よりも、地に足がついていない! 幼い頃、エレベーターやエスカレーターの前で立ち往生していたり、尻込みをしているご老人を見て、「おかしいなぁ」と笑っていたこともありましたが、このご時世、飛行機に乗るのが怖いだなんて言ったら笑われる? 最後に利用したのは、2年前の札幌の学会です。(第151話)
 
 学会前日(1月28日)、空港にて。自称『石器人』は、周りのお客さんを真似てQRコードを器械にかざそうとして躊躇。搭乗手続きは、人のいるカウンターで行いました。(安心)空港係員の女性が、親切に応対してくれました。窓側と通路側のどちらが良いですかと聞かれ、窓側がよいと答えたら、窓のない窓側なら空いていますとのこと。
「はて、窓のない窓側とは?」
田舎人は、首をかしげます。(苦笑)

 窓のない窓側、そこは座席の真横は壁であり、体を乗り出せば斜め前方にある窓から景色の一部がのぞける席でした。 
いよいよ離陸です。
「どうか、飛行機が墜ちませんように…」
田舎の目医者は目をつぶり、両手を合わせて天を仰ぎ、すがる思いで祈っておりました。それって自分に執刀されるために、手術台の上で仰向けになっておられる患者様と同じ心境でしょうか? その日は無事、羽田を経由して福岡に着くことができました。

 学会1日目(1月29日)。今回の福岡行きには、もうひとつの目的がありました。スタンダードの競技用ドレスを新調することです。午前は白内障手術のセミナーに真面目に参加し、午後は緑内障手術のセミナーをちょっと抜け出して、学会会場から博多駅へと移動。社交ダンスドレス・イブニングドレスのお店、ひさやさんへと向かいました。本店は博多駅前、筑紫口を出てすぐ向かえの五幸ビル5階にあります。
「ベンツやアウディ、BMWやボルボは魅力的。でも、外車には負けたくない。日本人なら日本の車だ!」
そう思われる競技選手やダンス愛好家の方には、『ひさや』のドレスをお勧めいたします。外国製のドレスも魅力的ですが、ひさやさんのドレスは繊細で美しく、着心地も良く、軽いのにスカートがブルンと舞います。しかも、ドレスの光沢が素晴らしく、品質も違います。このたび、ファーの付いた真っ赤な競技用ドレスをオーダーいたしまた。勝つためのドレス、フロアで映えること間違いなし。春の競技会に向けて、パートナーはスタンバイOK! 後はリーダー君が、『ダンス』で頑張ってくれるだけ。(笑)

 学会2日目(1月30日)。早朝から学会会場へ向かいました。それにしても学会は、自分にとって非日常の空間です。モーニングセミナーでは、お弁当(サンドイッチにサラダ、卵焼き、生ハムにフルーツなど)とオレンジジュースが配られます。朝に朝ごはんを食べることは、自分にとって非日常です。そして、ランチョンセミナーにおいても、会場の入り口付近でお弁当(盛りだくさんなご当地メニュー、和のスイーツ付き)と緑茶が配られます。お昼にお昼ごはんを食べることも、自分にとって非日常です。職場(病院)では、午前診療を終えるやいなや(午後2時近くのこともあります)、給水して手術室へ走るのが日常ですので。それにしても博多の『学会弁当』には、必ずといってよいほど『明太子』が入っております。ちなみに、会場で支給されるお弁当、リフレッシュコーナーのドリンクやお菓子、懇親会のお料理やアルコール類はすべて無料。(高い学会参加費に含まれている?)

 学会ではセミナーやシンポジウム、インストラクションコースの他に、特別講演と招待講演が開催されます。今回の招待講演は、ノーベル物理学賞を受賞された中村修二教授による『青色LEDの開発とその後』についてでした。筆者は最前席で聴講いたしました。窒化インジウムガリウムダブルヘテロ構造高輝度発光ダイオード、窒化物系紫色半導体レーザー… 舌噛みそう。物理学は自分の専門外なので、ちんぷんかんぷん。でも、中村教授のブラックユーモアは最高。ダンスは教養です。(第149話)ノーベル賞受式の後の舞踏会で、中村教授も奥様とワルツをご披露なさったのでしょうか? 『ワルツ』というよりも、教授はエキセントリックな『ジャイブ』のイメージでしたよ。ステキ!

 「今夜は冷えたワインが待っている!」
 その日の学会終了後、ルンルン気分でホテルへ戻りました。お部屋に備え付けの冷蔵庫を開けて、びっくり仰天! 前日に入れておいたワイン(辛口白のボトル)とおつまみ(大好物のナッツ)が消えているではありませんか。しかも、冷蔵庫の電源は切られています。もしやと思い部屋の中を見渡すと、自分のキャスター付きキャリーバッグも見当たりません。
「手術中にハプニングが生じたら、慌てずにひと呼吸。」
ワインが消えてパニック寸前の筆者、先程の手術学会で講演なさった先生の“Take-Home Message”を呪文のごとくに唱えつつ、ひと呼吸おいてからフロントへ電話をしました。清掃担当の人には、自分はチェックアウトの扱いとされていたようです。夜勤のフロント係りの若い男性が、急いでお部屋へキャリーバッグを運んできました。冷蔵庫の中のワインとおつまみはどうなったのですかと問いただしたところ、清掃担当者と連絡がとれませんとのこと。フロント係の男性は、ひたすら頭を下げています。
「責任者を出せっ!(というよりも、冷えたワインを出せっ!)」
そう叫びたいところ。田舎の目医者、ここで冷静に。ボールルームダンス(社交ダンス)を嗜む人は紳士・淑女のはずです。自分は災難に遭いましたが、平謝りしている目の前のフロント係さんも、同じく災難に遭っているとご想像いたします。
「飲みすぎはいけません、ということでしょうか。」
作り笑顔でそう言って、その場をサラリと終わらせました。ああ、自分って本当にカッコイイ。(笑……涙)

 学会3日目(1月31日)。学会最終日です。モーニングセミナーを聴講するため早朝にホテルのチェックアウトを済ませ、会場へと向かいました。朝の学会弁当を開けると、フランスパンに明太子がサンドしてありました。さすが、博多です。学会の素晴らしい点は、日本を代表する各分野のスペシャリストの先生の講演をライブで、しかも至近距離で、質疑応答も出来ることにあります。会場ではスクリーンに向かって最前席の真ん中に座るようにしております。(チビの筆者にとって、そこは特等席。ちょっと首が痛いですけど。)学会はダンスと同じ、日本を代表するファイナリストの先生の踊りを最前席(SSS席)で観戦するのと同じくらいエキサイトしますよ。最後に、学会は筆者にとって非日常です。なぜって? 学会期間中はうちのリーダーと、ダンスの練習はできませんので。(笑)

著者名 眼科 池田成子