社交ダンス物語 159 パートナー、登山に初挑戦(後編)

コラム

 目指すは、唐松岳山頂。八方尾根黒菱ラインではリフトを乗り継ぎ、八方池山荘(標高1830m)からスタート。山頂(標高2696m)に至るまでのコースです。ルートガイドによれば、山頂までの歩行時間は約4時間20分。おっしゃる通り、登山客の中で、すその広がったズボンをはいている人は自分以外いません。(危険ですので)北アルプスの山というから、最初はアルプスの少女ハイジをイメージしておりました。
「♪あの雲はなぜ、私を待っているの…」
雄大な大自然を楽しみ口ずさむどころか、9割は地面(岩肌)とにらめっこ。足の置き場を考えて、うつむいて歩くのが精一杯です。ハイマツの下に雷鳥がいるかしら…とか、高山植物を愛でながら歩く余裕もなし。(涙)

 夏山登山の敵は、『暑さ』と『重さ』と聞いておりました。20キロ、30キロはあると思われる荷物(テント)を担いで登っている人もいます。上りと下りですれ違う登山客達は、早朝から「こんにちは」と声がけしています。それは自分の耳には、まるで「生きているか?」に聞こえます。ところどころ滑りやすく、危険な箇所があります。岩や木につかまり、両手に握ったトレッキングポールにすがり、やっとの思い。他方、ぴょんぴょんと神業のように斜面を登ってゆく人もいます。
姉:「すごい!」
弟:「あの人は、競技選手だよ。」
登山にも競技があったのですね。初めて知りました。ところで、ダンスを知らない人達が自分達の踊りを見たら、「すごい!」と思ってくれるでしょうか?

 午前9時55分に登頂。山頂まで3時間かかりました。初心者にしては優秀なタイムですよと、お坊さん(弟)から褒めてもらいました。ダンスで鍛えたおかげでしょうか。剣岳が美しく見えます。記念撮影するから、カメラに向かって笑うようにいわれました。山頂標識の隣で両手にトレッキングポールを掲げて、笑ってみせました。競技会で必死に踊っている時の、作り笑顔のよう。(疲れもピークに達しております)

 問題は下りです。登山では上りは『体力』、下りは『技術』といわれるそうです。事故が圧倒的に多いのは、下りとか。がむしゃらに登ってきたものの、体力はあっても技術がありません。下りでは二度、激しく転倒しました(滑落寸前?)。幸い骨折はなく、ヘリを拝まずに済みましたけど。お坊さんにいわせると、股関節が使えていないし、バランスが悪いのだとか。まるでダンスでコーチャーから言われていることと同じです。(涙)下りでは、親ほど年が離れていると思われるシニアの登山客の方々に、ことごとく追い越されてしまいました。その有様、まさに関東甲信越のアマチュア競技ダンスのごとし。

 やっとの思いで下山しました。下山した時の服装を見れば、ベテランか初心者なのか分かるのだとか。上級者の衣服は汚れていないそうです。初心者の自分といえば、衣服は上下とも恥ずかしいほどに土埃まみれ。しかも上着の右肘からは血がにじんでいます。新品だった登山靴は履き古したもののよう。そういわれてみれば、顕微鏡を使っての眼科手術も同じです。手術を終えた後の針を見れば、術者がベテランか初心者だったのか見当がつきます。リフト降り場の売店で、ソフトクリームをお坊さんから施してもらいました。その美味しかったこと、生き還りました。(笑)

 帰路へ。まずは、糸魚川ICを降りてすぐのとんかつ屋(銭形)で、腹ごしらえしました。それから帰宅してシャワーで全身の血を洗い流し、自分に応急処置をしました。夕刻には病院へ向かい、明日執刀させていただく患者さまにご挨拶してまわりました。その後は病院の講堂で、いつものようにリーダーとダンスの練習をしました。
「そんなに凄い青あざや擦り傷つくって踊っているオバさん、見たことないよ。」
リーダーは驚いています。(怖がっている?) ルンバを踊りました。病院の講堂は無風状態。なのに、登山同様グラグラして立てません。あれ? 踊っている時も、トレッキングポールが必要なの? 平面(床)においても転倒寸前のパートナーでした。(涙……笑)

著者名 眼科 池田成子