社交ダンス物語 155 夜の九段下にて

コラム

 競技会とあらば、どこにでも出没すると冷やかされるうちのリーダー君、毎年6月に日本武道館で開催される日本インターナショナルダンス選手権大会に併催、全日本シニア選手権に出没。自分達にとって、今回は6回目の参戦である。競技結果は、ラテン・スタンダード共に1回負け(一次予選敗退)。今回も、『出るだけ』に終わってしまいました。

 大会二日目の夜、上位3組によるオナーダンスを見終えて、自分達の反省会を兼ねてチビ・ハゲは九段下の居酒屋へ移動する。とある居酒屋にて、自分達の隣のテーブルには若い男女4人(男性1名、女性3名)がいます。学生さんのコンパかと思いきや、ボールルームダンスの競技選手なら、誰しもが『耳がダンボ』となる会話が聞こえてくるではありませんか。
女子A:「それにしても、今日のヴェニーズワルツ、位置が悪かった。」

 ヴェニーズワルツ? 位置? ひょっとしてお隣さんは、今日の選手権に出場していたトッププロなの?! 驚きながらも失礼にならぬよう、お隣を垣間見いたしました。男性の方も女性の方も髪を降ろして、ノーメイク同然。ちなみにボールルームダンスの競技選手は、試合では髪をあげてどうらんを塗り、宝塚歌劇団に負けない迫力メイクです。国内外のトッププロの先生なら、お顔を拝見すればお名前はすぐに分かるというリーダーですが、すっぴんとあらば、お隣が誰先生なのか特定できない様子。

 位置と言えば、試合では踊り出す位置も重要。今回、自分達は失敗しました。「あの位置から踊るぞ!」と決めて、フロア入場の際に急ぎ足でコーナーを確保しました。その位置から、関東甲信越ブロックの競技会で使ういつものステップでスロー・フォックストロットを踊ったら、フロアの半分も使わないうちに曲が終わってしまいました。(涙)チビの自分達は、フロアサイドにいるジャッジやスタンド2階席の観客から見えていたでしょうか? 日本武道館のメインアリーナは、見た目以上にタテにもヨコにも広いのでした。

 お隣のテーブルから、次なる会話が聞こえてまいりました。
女子B:「立てなくてシャドーができないのは、パートナーとして失格。」
実に耳が痛くなるお言葉。(涙)そういえば、大会初日は、プロのラテンアメリカンの選手権がありましたが、選手控え室の前の廊下を通ったら、準々決勝を踊り終えた直後のパートナー(トッププロの先生)が、自責していました。
「超ぐらぐら。立てていない!」
あんなに素晴らしい演技で、立てていないだなんて、プロの『立てない』と自分の『立てない』は別次元。筆者の場合、踊っていてバランスを崩した時は、ラテンではリーダーを『杖』に、スタンダードでは『つり革』にします。

 お酒の効果で、リラックスしてまいりました。さすが築地直送のお店、日本海沿岸に住む自分達をうならせました。292円のイワシの刺し身は見た目といい、鮮度といい、お味といい、ブラボー!(ダンスもそうでなきゃいけない?)

 お隣から、膝が曲がらないという会話が聞こえてきます。
女子C:「でかくて踊れない人(長身で技術のないリーダー)は悲惨ね。」
これを聞いて、チビで踊れないうちのリーダーは、ほっとしている様子。ここで、ボールルームダンスになじみのない方のために、解説させていただきましょう。スタンダードでは男女が組んで踊りますが、男女間で身長差が大きいと男子にテクニックがない限り、女子はつり上げられてしまい膝を曲げることが出来ません。膝が曲がらないと送り足が使えないので、横へのダイナミックな動きが困難となります。ちなみに男女が組んでマックスな踊りをするためには、身長差は12-13センチがベストと言われています。自分達の場合、リーダー168センチ、パートナー156センチ。その差、まさに黄金律!(笑)

「ミルコ、ちっちゃい!」
 パートナー達の声のトーンはさらに高まり、エキサイトしている様子。
『えっ? ミルコはちっちゃいの? ならば、自分達はこびと?!』
ミルコなら先程、宿泊先のホテルのロビーで見かけました。ラウンジに腰掛けて、誰かを待っている様子。役員の先生方とお食事に出かけるのでしょうか? 現役を引退してロン毛になり、ちょっとワイルドな感じ。ちいさくは見えなかったのですが…。

「今日は僕が払うよ。」
宴もたけなわのところ、お隣のリーダーが席を立ちました。
「まあ、カッコイイ!」
パートナー達は笑顔。
頑張ろうと励まし合い、先生方はお帰りになりました。

 マニアックなお話だったでしょうか? 耳が『ダンボ』になってしまい、ごめんなさい。でも、もしここに『耳なし芳一』が同席していたら、ダンスをしなくても彼にも聞こえていたのでは? 夜の九段下にて、ダンサー達の秘話なるエピソードをご紹介させていただきました。ダンスを愛する人たちの年齢・身長・レベル・環境はそれぞれ異なります。でも、共通して言えることは、ダンスは人々をハピーにしてくれること。チビ・ハゲのオジさん・オバさん組も、明日を夢見て頑張りますね!(笑)


ミルコ:スタンダードの元世界チャンピオン。イタリア人。

著者名 眼科 池田成子