社交ダンス物語 118 DREAMS COME TRUE

コラム

DREAMS COME TRUE



 行きつけのダンスホールが、また閉店になってしまった。自分達にとって、これは重大な問題! 平日の夜は病院の講堂で悶々とダンスの練習をしているが、週末は一体どこでストレスを発散したらよいのだろう…。

 ダンスホールといえば、昭和映画の一場面に登場してくる。40年前、大勢の客で賑わっていたというダンスホールは、次々と消えていった。これも時代のすう勢か。時代のすう勢といえば、お寺もそう。観光寺院でない限り、20年後には現在の寺の三分の二はなくなると、僧侶である母や弟はつぶやいている。
 
 幸いにも、リーダーが若かりし頃通っていたというダンスホールは、いまだ健在のよう。競技を始めてから、リーダーはそのダンスホールとはご無沙汰という。少々遠いが、週末はそこで発散かと思いきや、リーダーはあまり乗り気ではない様子。『ダンスばか』のリーダーだ、これにはきっと何か訳がある…。訳を知りたいところではあるが、おとなの女性は敢えて詮索せず(笑)。彼にとって懐かしのダンスホールへ、タイムトリップすることにした。

「昔のままなら、成子さんは驚くよ。」
 ダンスホールは、どうやら昔のままのようだ。入り口にある薄暗い受付では、声はすれども姿は見えず。お金の受け渡しをする小さな窓からは、ママさんと呼ばれる人の手だけが見える。驚いたことに、更衣室がない。男女兼用の小さな更衣用のボックスが二つ、入り口付近に設置してある。客が多いときは、二人ずつ入って着替えるのが、ここのしきたりのようだ。ボックスの隙間から、ご婦人方のお召し替えシーンが垣間見られる。

 糸魚川から、はるばる遠方のダンスホールへやってきたのだ。郷に入れば郷に従え。ここでひいて、なるものか。(笑) 
「失礼します」
 意を決し、狭いボックスの中へと突入。クモの巣とクモを踏まぬよう細心の注意を払い、知らないご婦人と背中合わせで服を脱ぐ。

 さて、着替え終えて奥へ進むと… 「え? 今なに時代!」まさに、タイムトリップだ。昭和初期の映画のような光景が、そこにはあった。今やLEDの時代というのに、ここはクラシック。小さな裸電球が、天井から吊るされている。それにしても、暗いっ! 筆者は眼科医なので、暗いところで仕事をするのには慣れているが、ここで踊っているお客さん達が『お嬢さん』なのか『オバさん』なのか『お婆さん』なのか、識別困難。

 10分も過ぎれば、暗順応の効果で辺りが見えるようになってきた。そこでは自分達が、ダントツに若いということに気づく。それにしても、ダンスホールで踊っているお客さん達は、ご年輩だがエネルギッシュだ。20年後、30年後の自分は老人施設かお墓の中にいるのではなく、ここで踊っているマダム達のようにパワフルでいられたらと、感心するばかりである。お客さん達の邪魔にならないよう、自分達は隅の方で、ベーシックで小さく踊る。

 数曲踊ってリーダーと離れたとたんに、女性客がすかさずリーダーに寄って来て、彼は向こうへ連れてゆかれた。筆者もお客さんとしばらく踊った後、リーダーとカウンターへ行き、飲み物を注文した。レトロなカウンターだ。70半ばと思われるマスターが、ひとりで仕切っている。カウンターの上の灰皿の隅には、今やあまりお目にかかれないマッチ箱が置かれていた。リーダーは語る。ダンスに憧れてサークルで習いはじめた若かりし頃、このダンスホールへよく通ったという。当時の自分はダンスが下手、若い子はもちろんのこと、年輩の女性をお誘いしても断られ、誰からも相手にしてもらえなかったそうだ。ダンスホールに何時間いても、いつもひとりぼっち。そんな自分が惨めだったという。そこで彼は決心した。
「いつの日か、ダンスを巧くなってみせる。そして、綺麗な女の子を連れて来る。僕は、ここで踊るんだ!」
 
 実に泣ける話。あれから歳月が過ぎ、懐かしのダンスホールで彼の隣にいる女性は、暗がりの中でも『女の子』と呼ぶにはほど遠い40半ばを過ぎたチビ・ハゲおばさん。その分、彼も年をとったのだろう。

 カウンターでは、先程注文をしたコーヒーが出された。コーヒーカップもレトロ調。昔のモノはいい。えも言われぬ味がある。どうやらマスターは、リーダーのことを覚えてくれていたようだ。マスターは、ぽつりぽつりとリーダーと言葉を交わす。
「お連れの方、綺麗なひとですね。」

 午後5時を過ぎると、大勢いたお客さん達が次々と去っていった。
「これからは、大きく踊れるよ。」
自分達にそう声をかけてくれたのは、元競技をしていた先輩。受付で手しか見えなかったママさんが、今度はカウンターに姿を現した。
「上手になったわね。」
ママさんは笑顔でリーダーに話しかけた。マスターの奥さんらしい。年をとって、おばあちゃんになったのよとおっしゃったが、品があって美しい女性だ。かつては受付の業務が一段落した後で、誰からも踊ってもらうことができなかったリーダーのお相手をしてくれたという。

 リーダーにとって、若かりし頃のほろ苦い思い出が詰まったダンスホール、そこで踊っている客は、気がつくといつしか自分達だけになっていた。ドラマチックなワルツの曲が流れる。まるで貸し切りのようなフロアで、今度は自分達の競技バージョンでダイナミックに踊る。万感の想いで今、彼は踊っているのであろう。さて、リーダーの夢は叶えられたのでしょうか…。(笑)


☆ほろ苦い思い出なんてもんじゃないよ。CoCo壱番屋のカレーなら10辛だっ!:リーダー談(笑)

著者名 眼科 池田成子