さて、自分達を喩えると、日本武道館という『虎の穴』に、臆することなく飛び込んでゆく二匹の『わんこ』。(苦笑) 「身の程知らず」「チビでハゲているだろ」と、笑われるかもしれない。だが、挑戦だけがチャンスを作る! 勇敢(?)なリーダーを、筆者は誇りに思っている。(笑)
初日の全日本シニア選手権は、ラテンアメリカン部門。日本全国から49組のカップルが出場。自分達の背番号は、41番。競技種目は、男女の愛のかけひきを表現する『ルンバ』と、スペインの闘牛をイメージした力強い踊り『パソ・ド・ブレ』である。
いよいよ競技開始。自分達は最終ヒート(第4ヒート)。日本武道館のメイン・アリーナの広大なフロアで、十数組のカップルが一斉に踊り出した。
『えっ? なんで!?』
試合中、周りに人、人、人。日本武道館が、あたかも昨日踊った『ダンスホール新世紀』のようだ。(第106話) 自分達は他の選手達に、囲まれてしまった。よほど自信がない限り、ジャッジから背番号がよく見えるように、選手達はジャッジの近くに集まって踊る習性がある。只でさえチビで映えないというのに、長身の選手達に囲まれてしまって、自分達は見えるのか? 「我を見よ!」と、選手達は激しく腕を振り上げ、凄い気迫で踊ってくる。チビはパンチをくらわぬよう頭を前後左右にかわしつつ(ボクサーか?)、昨日のごとく人と人との隙間を縫って踊った。だが、パソ・ド・ブレの試合終盤で、牛(パートナー)はマタドール(よそのリーダー)から、顔面に見事な最後の一撃をくらう。(涙) 結果は一次予選落ち、4チェックであった。
二日目の全日本シニア選手権は、スタンダード部門。87組のカップルが出場。自分達の背番号は、63番。競技種目は、『スロー・フォックストロット』と『クイックステップ』。
長身の選手は、フロアに立っているだけで『絵』になって美しい。一方、小柄な選手が長身の選手に勝つためには、横への移動が必要だ。だが、移動にばかりに気を取られていては、運動を殺してしまう。
競技開始直前、選手達はフロアサイドに整列した。勝つためのドレス、そして燕尾服を纏い、整然と並んでいる選手達と同じ土俵に立った時、パートナーの脳裏には、あるトップ・プロの言葉がよぎった。
『美しくない者は、フロアに立つ資格がない。』
不可抗力とはいえ、自分達は背が低い。ハゲている。しかも、顔はでかい。首は太くて短い。ずん胴で手足は短い。踊りの未熟さを差し引いても、フロアサイドで整列している八頭身の選手達と比べて、傍(観客)からどう見られているのだろう…。
そう思った時、足がすくんだ。恐怖と極度の緊張が自分を襲う。手術台の上で緊張を隠せない患者さまに、執刀医である自分が笑顔で言うセリフは、「○○さんは寝ているだけ。緊張したら損ですよ。」 そのセリフを今度は自分に置き換えて、言い聞かせてみた。「あなたは踊るだけ。緊張したら損だわ。」
人は極限状態に追い込まれた時、『勘違い』をすることも必要か? 「自分が一番!」そう思い込み、『顔』を意識して(第104話・第105話)、チビはひたすら上を見上げ、武道館のフロアを駆け抜けた。結果は一次予選落ち、6チェックであった。
クライマックスは、日本インターナショナルダンス選手権大会の準決勝と決勝の部だ。会場は沸き上がる。今度は自分達が観客だ。生バンドの演奏のもと、国内外のトップ・ダンサー達の迫力ある踊りを、まぢかで観戦した。日々の練習において、ダンスに限らず日常においても、ため息をつくことが少なくない。……世の中、努力だけでは報われない。条件がそろった人、才能のある人が努力をして、報われる世界なんだわ…… そんな時、リーダーはこう語る。
「同じ人間だ。できないことはない。」
今、この輝かしいフロアで踊っている選手達は、自分達の可能性を信じて、人の何十倍もの努力を積み重ねてきたことであろう。そう思った時、拍手を贈る筆者の手はとまらなかった。
著者名 眼科 池田成子