社交ダンス物語 105 フェイス 後編

コラム

 春期関東甲信越競技ダンス新潟県大会を終えて、自分達の踊りを反省する。スタンダードC級では準決勝へ進めたものの、競技種目のタンゴはリンクして出る際に、音にあっていないことが分かった。クイックステップでは、他の選手とぶつかりっぱなし。試合中はリーダーに足を踏まれるやら、パートナーが転倒するというハプニングもあった。大会後の最初のレッスンでは、前回の試合で悪かった点を、コーチャーに指摘してもらうことから始まる。

リーダー:「僕達の、どこが一番悪いのでしょうか?」
コーチャー:「顔です。」
パートナー:「……。」

 競技会開催中は、プロのカメラマンが会場に来ていて、試合の様子をカメラで撮影していた。その写真がインターネット上で掲載されたが、そこには自分達も写っていた。自分達の顔を見ると…。なるほど、コーチャーの言葉に納得できる。パートナーは目をつぶっているか、けだるそうにうっすらと開けている。一方リーダーは、悲壮感をも漂わせる暗い表情で、どの写真も目線は下。しかもどこを見ているか分からない、焦点の定まらない目だ。前回のレッスンの時にコーチャーが言っていた通り、リーダーの目は死んでいた(第104話)。その表情は喩えると、保健所へ連れて行かれようとしている可哀想な『わんこ』のよう。(自分のことは棚に上げて、ゴメンナサイ。)

 ダンススクールでは、こう教育される。競技は、人に見せるもの。見せる側の顔に余裕がなければ、見る側は楽しくないのだそうだ。余裕の笑みといえば、うちの病院の医局の柱に『INTERNATIONAL PRO DANCING』のカレンダーを貼らせていただいている。2013年の表紙を飾った世界ファイナリストのひとりであるビクターの笑顔は、実にセクシーで美しい。うちのリーダーも、試合であんな笑顔を見せてくれたら、どんなに格好良いことだろう…。(実際試合では、陸に打ち上げられた、おさかなのよう。)

 『良い顔』といえば、うちのダンススクールに所属しているアマチュア競技選手で、試合の時はいつも見事な表情を見せてくれる先輩がいる。目は常にかっと見開き、その目ヂカラは迫力満点。上級の競技選手でも、ふと下を見てしまうことがあるが、その先輩は試合を通して一度も下なんぞを見ない。目線は常に上、進行方向を見据えて、上昇気流に乗ったよう。どうしたら先輩のような精悍な顔で踊り続けられるのか、レッスンの合間にその秘訣を聞いた。先輩いわく、会場の二階の観客席の手すり(厳密に言えば、手すりの少し下)を見て、最初から最後まで踊り通すのだとか。
 なあんだ、そんなことだったのか。それなら自分にも出来る。次の試合から、二階席の手すりを見て踊れば良いのね! 勢い良くそう発言したところ、後ろからコーチャーの声が…。

「女子は、天井です。」

 ちなみに、顔が悪い(目線が下がる)と、バランスを崩して踊りに悪影響を及ぼしてしまうようです。『顔』は、とても重要なパーツなんですね。皆さま、上を向いて歩き(踊り)ましょう。(笑)

著者名 眼科 池田成子