ある休日の昼下がり、マンションの床に掃除機をかけていた時のことである。
「シュイーン」
すごぉーい音を立てて、目にも留らぬ早さで床に置かれた洗濯物が、掃除機の中に吸い込まれていった。吸い込まれたモノは、掃除機の蛇腹のほぼ中央に詰まっており、掃除機は全く使用不可の状態。
早速、専門家である電気屋さんへと駆けつける。これはよくあることと思いきや、実際そんなケースは稀らしい。お店の人、ホースをのぞき込みながら、棒で押し出すしか方法はありませんとコメント。その後には、新商品の掃除機の紹介が始まった。
あきらめるのは、まだ早い。ホースを家に持ち帰り、長い棒(クイックルワイパーの柄)を入れて詰り物を押し出すことを試みた。しかしモノは硬くて、うんともすんとも動かず。(涙)
ホースの出口から中をのぞくと、紫色の塊が見える。その部位の蛇腹を外から触ると、恐ろしいほどにカチカチだ。何とか掃除機を復活させる手だてはないものか? そこで英知ある憧れの王子様(第60話・80話)に、メールで助けを求めることにした。すると早速、お返事がきた。
「どっちの口が近いですか? 距離は分かりますか? 詰まった物の種類は?」
出口から約40センチ、モノはパンティー…。緊迫した状況下で、王子様に現場報告をする。
棒で押したまま、ホースを伸縮させ続けるしかありませんというお返事が返ってきた。その晩、仰せの通りに何度も挑戦したものの、虚しい結果に終わった。(涙)
翌朝、悶々とした気分で当院の朝の勉強会(毎週火曜に開催)に参加した。その日の勉強会の担当は外科の先生であり、講義内容はイレウス(腸閉塞)であった。イレウスとは、何らかの原因で腸の一部の内腔に、腸の内容物が詰まってしまう病気だ。腸が壊死を起こす場合もあり、緊急手術が必要になることもあるという。講義を聞きながら、うちの哀れな掃除機も重症の閉塞性イレウスとうなずけた。(涙)イレウスになると、20人に1人が命を落とすそうである。果たしてうちの掃除機は助かるのか?
その日の晩も病院の講堂で、いつものようにダンスの練習をした。パートナーは掃除機が気がかりで、ダンスに集中できない。そこでリーダーに、事情を話す。するとリーダーは、笑顔で答える。
リーダー:「成子さん、そんな時は大人の知恵よりも、子供の発想の方が飛躍的だよ。こびとに糸を吊るして、ホースの中に降ろし、こびとにパンツを取って来てもらうとか…。」
パートナー:「………。」
困った時に頼りになるのは、病院の仲間達。車が故障して動かなくなった時も、パソコンの電源が入らなくなった時も、糸病職員が駆けつけてくれた。翌日、ホースを病院に持参して、総務課に助けを求めた。掃除機をレスキューするため、総務課の人達は針金や棒でかき出すなど、奮闘してくれたようだ。だが、イレウスは治らず。
試合にしても、手術にしても、結果がすべてと言われる。でも、病院の仲間達が精一杯尽くしてくれたのだから、治らなくても感謝する。あきらめがついたところ、実家の寺から例のホースと掃除機を持ってくるよう言われたので届けた。ゴミ処分の日に出してくれるのかと思いきや、その翌日に連絡あり。重症のイレウスを起こした掃除機は、弟の執刀による開腹手術を受け、手術は無事成功。粘着テープ等による縫合不全を起こすことなく、現在使用可能とのこと。かくして掃除機は、一命を取り留めたのであった。めでたし、めでたし。(笑)
☆今月の言葉。もうダメか! そう思った時こそ、ネバーギブアップ?(笑)仕事とダンスに応用します。ところで、哀れなパンティーの運命は? 数十カ所に及ぶ刺傷を受け、大往生を遂げる。僧侶である母上の手によって、手厚く葬られたとのことでした。(燃えるゴミゆき) 合掌。
著者名 眼科 池田成子