社交ダンス物語 90 ラストワルツ

コラム

 何事も、始まりがあれば、終わりが来る。自分達が愛していた富山のダンスホール(第26話、31話、79話)が、2012年9月30日をもって閉店になると知り、ショックを受けた。

 お店のマスターから直接聞かされたのは、9月17日敬老の日。その日はダンスホールが営業しているかどうか電話で確認をとった時、マスターは何か物言いたげであった。
「敬老の日につき、70歳以上のお客さまは無料。70歳未満のお客さまは、通常料金の倍を戴きます。なんてね…。」
 車の中でふざけながら、リーダーと冗談を言い合っていたが、まさか閉店になるなんて…。
 
 ダンスホール最後の日となる9月30日は、関東甲信越ブロックのダンス競技会が新潟で開催される日であった。我々は試合に出場したが、結果は一次予選敗退。強いヒートに当たったとはいえ、勝負の世界では言い訳にならない。今年きっての、最悪な結果となった。リーダーは落ち込んで、言葉も出ない様子。

パートナー:「私達、ラッキーよ! これ(一回負け)は、天からの思し召しだわ。すぐにダンスホールへ向かいなさいって、ね。」
リーダー:「成子さん、プラス思考だね。」

 その日の試合で、いち早く競技会場を去っていった選手は、まぎれもなく自分達であったろう。(苦笑)気持ちを切り替えて、いざ、富山のダンスホールへ! 覆面パトカーを意識しつつ、高速道路を走らせる。(笑)

 午後1時すぎ、ダンスホールに到着。普段なら夜遅くまで営業しているが、本日は最終日ということで、閉店は午後6時。入場券を購入するための販売機やドリンクの自販機は、すでに撤去されていた。かつては男女の娯楽の場として栄え、人々から愛されていたダンスホールは、時代のすう勢で次々と消えていった。このダンスホールの常連客の中では、自分達が一番若かった。

 今日が最後というのに、マスターやお客さん達の様子は、いつもと変わらず。そこでは何事もなかったかのように、緩やかな時間が過ぎている。ちなみに自分達といえば…。試合でサンバを踊り終え、そのまま急いで会場から出てきたものだから、顔にどうらんを塗ったまま。リーダーはガングロ、パートナーも渋谷のコギャルのごとくマンバ化粧。お客さん達には、すぐに自分達とは気づいてもらえず。

お客さん:「今日は、競技会があったの?」
パートナー:「はい。リーダーが一回負けしてくれたお蔭で、ここへ来ることができました。(笑顔)」
お客さん:「あら、良かったわね。(笑顔)」
リーダー:「……。(笑顔)」

 普段はお客さんと踊ることなく、汗だくになって踊り込みの練習をしていたが、お別れと感謝の気持ちを込めて、最後の日はお客さん達と一緒にダンスを楽しむことにした。自称『女にモテない40代独身』のリーダーは、フロアサイドのご婦人方を順に、お誘いしている。彼は勇敢にもその日の女性客全員にお声をかけ、フラれることなく全員から踊ってもらえたようだ。一方、パートナーに関しては…。リーダー以外の男性と、ここで踊ったことがなかったので、ひょっとして『壁の花』と思いきや、初めての人と会話しながらダンスを楽しむ優雅なオトナの時間を体験(笑)。

 思い起こせば、教室でダンスを習い始めてから現在に至るまでの5年前、学会と当直と競技会のない週末は、毎回のようにダンスホールに通っていた。
… リーダー・パートナーともに、お洒落とかエレガントとはほど遠い、ジャージー姿。踊り疲れて、喉が渇いたらカウンターへ行く。「水2つ。氷入りで!」と、冷たいお飲物を注文する。小腹がすいたら袋からバナナを取り出し、人目を憚らずホールの隅でもぐもぐ食べる。そしてまた、なりふり構わず踊る。… 
 幸いにもこの5年間、つまみ出されたことはなし(笑)。お客さんの眼には、さぞかし奇妙で滑稽な、チビ・ハゲカップルに映ったことだろう。

 午後6時間際、名残惜しくもラストの曲が流れた。エレクトーンの綺麗なお姉さんの演奏による『蛍の光』であった。
…… ラストワルツ …… 
 終わりを意識して、リーダーと『今』を踊る。


☆ダンスホール、ありがとう!!(涙……笑)
           

著者名 眼科 池田成子