社交ダンス物語 88 夢か現か 氷見大会スタンダードC級戦

コラム

「成子さん、出発しよう!」
 氷見市で開催される競技会当日の朝、リーダーの車へと乗り込む。エンジンはかかっているが、車は一向に動こうとしない。
「おかしいわ…」
助手席から降りて、車の前方へと廻り、足回りを確認する。そこには、信じられない光景があった。リーダーの車のタイヤに、びっしりと緑色のコケがはびこっている。タイヤのみでなく、バンパーから車のフロントにかけて、ダークブルーのボディーカラーが全く見えないくらい、車はコケで覆い尽くされていた。
「どうしよう…どうしよう… 大会に間に合わない… 」

『夢か…』
「成子さん、出発しよう!」
 当日の朝、6時半にリーダーの車で糸魚川を出発。現実では、車は順調に走っている。小杉インターで降りて、コンビニへと立ち寄る。 
 朝食用のサンドイッチとコンペの昼食とおやつを買って、車の中で朝食を済ませる。歯の隙間に、サンドイッチが挟まった。歯間ブラシを入れたら、何やら固いモノがポロリと落ちた。
「えっ? 何?」
 落ちたモノを拾い上げると、数年前に治療した歯の詰め物であった。
『コンペ直前に歯が落ちるなんて、縁起でもない…(涙)』

 競技会場に、無事到着。会場は氷見市ふれあいスポーツセンター。石川、静岡、愛知、滋賀、京都など中部ブロックを中心に、新潟や千葉、東京の選手も本大会に出場していた。猛暑のせいだろうか、競技会といえば普段はノリノリのリーダーであるが、今日はトロンとして活気がなく、反応にも鈍い。まるで、うちのマンションの近くで飼われているワンちゃん(いつもうつろな目をして、ころがっている。呼びかけにも反応せず。魚肉ソーセージをちらつかすと、突如生き返ったかのように、二本足で立ち上がる)のようだ。対戦相手の踊りを、予選で観察する。みんな自分達よりも、遥かに強そうだ。

 予選は突破した。点が割れたためか(いわゆる、どんぐりの背比べ)、準決勝は通常12組で行われるが、21組で闘われた。決勝に進出できるのは、この中の6組。そんな夢のような話…と思ったが、今朝の『悪夢』は逆夢だったのか? 歯抜け騒動も、『吉』の兆し?(笑)どんぐりの集団の中から運良く抜け出せて、無我夢中で決勝を踊る。

 予選を勝ち抜き、決勝で踊らせてもらえるなんて、最高に気分が良い。その大会によって、優勝者から順に名前を呼びあげられることもあれば、逆に6位から遡って呼ばれることもある。そしていよいよ、表彰式。自分達の名前が、真っ先に会場内に呼び上げられた。当然の成り行きのように、二人は前へと歩み出る。
 だが、ここで。アナウンスを、良く聞くと…。自分達の次に呼ばれた選手は『準優勝』、その次の選手は『第3位』と称されている。ひょっとして我々は、6位ではなく、優勝したのか?! 司会席近くのフロアの前方には、賞状とメダルを持った6人の役員の先生が、横一列に並んで立っておられる。
「6位が優勝者の場所に立つなんて、格好悪い」
 半信半疑で二人は前へ歩み出たものの、賞状を授与して下さる先生から少し離れて、中程の位置(3位、4位ぐらいの場所)に立っていた。すると、向かって右端の先生が、こちらへ来るようにと目配せされた。その先生のもとへ駆け寄り、持っておられる賞状を、恐る恐る覗き込む。そこには『優勝』と書かれており、その下には自分達の名前が連ねてあった。


☆ 夢か、うつつか…。リーダー君、優勝おめでとう! ご褒美は、魚肉ソーセージでよい?(笑)

著者名 眼科 池田成子