社交ダンス物語 87 見える? 見えない?

コラム

 『見えるようになったら、患者さまは喜んで下さる。』
眼科医なら、誰もがそう信じ、疑わないことだろう。だが、例外もある。白内障手術を受けられて0.01から1.2へと視力が回復された80代の女性患者さま、鏡を通して永らくお見えになっていなかったご自分のお顔とご対面。
「しわだらけ! しみだらけ!」
汚い顔をしていると仰って、ガッカリなさった様子。
「お前さんも、よくまあ、老けた…。」
息子さんを見て、ため息をつかれた。

 『見たくないものは見えない』といえば、こんなエピソードがある。ワルツのナチュラル・ターンの際に両足でフロアを横滑りして、距離をかせぐ練習をしていたアマチュア競技選手の先輩が、同教室に通い始めた20代カップルの踊りを見て言った。
先輩:「次の試合で、オレ抜かれるんじゃないか?」
リーダー:「……。(とうに抜かれています)」
競技ダンスでは、対戦相手が自分と同等レベルに見えたら、相手の方が優れているとも言われる。その若者カップル、新潟県大会のスタンダード・ライジングスター戦で、予想通り群を抜いて見事に優勝。例の先輩、今度はうちのリーダーに抜かれたら、競技生活にピリオドを打つとダンス教室で広言している。 

 こんな経験は、おありでないか? 見たいものを大きくすると、ボロが出る。東日本県別対抗アマチュア競技ダンス山梨県大会の個人戦に出場した時のこと、プロのカメラマンによって撮影された写真が、ネットで掲載された。ラッキーなことに、自分達が踊っている画像も掲載されていた。小さな画像をクリックして、やや拡大して見ると、筆者が通うダンススクールに掲げてある鷲見先生のピクチャーポーズに瓜二つだ。鷲見先生はコーチャーの恩師であり、英国のブラックプール(全英選手権)のライジングスター戦で第三位、写真はその時に撮影されたものらしい。
「鷲見先生と自分達は、どこも変わりない!」
有頂天になったリーダーとパートナー、自分達の写真を拡大して、ミルコ組(前・世界チャンピオン)のポスターの隣に貼っても見劣りしない筈と、二人は興奮する(爆笑)。奮発して、A3サイズで注文し、嬉々揚々と送られてきたワイド版を眺めてみると…。目を閉じて、何も見えず…♪(涙…笑)

 巷では、耳が遠くなれば、長生きすると言われている。年をとったら、程よく見えなくなるのが、シアワセか。40を過ぎると、老眼が進んでくる。筆者は職業上、遠くは見えなくてもよいので、弱めの近視度数のコンタクトレンズを入れている。外来診療を終え、顕微鏡下の手術を終え、指示箋や診断書等の書類を書き終えてダンスの練習をする夜中にもなると、目の疲れはピークに達する。『夜目遠目笠の内』とはこのことか、遠方の姿見に映る自分の顔には、しみ・しわ・くすみなし。前髪の生え際や、リーダーの薄毛も気にならず。病院の講堂のミラーを通して、チビ・ハゲ中年女の目に映ったものは、ポップコーンのように弾ける一組の男の子と女の子のシルエットであった(笑)。


☆ところで。先輩のパートナーさん、ナチュラル・ターンの際に、転倒しなかっただろうか…?

著者名 眼科 池田成子