『過ぎたるは及ばざるがごとし』これは筆者が医師として若かりし頃、前教授から戴いたお言葉である。『虎穴に入らずんば虎子を得ず』とばかりに、「もっとイケル!」と、執刀中はつい深追いしてしまうことがあるが、深追いしすぎてブラックホールに堕ちてしまうというコワい経験は、執刀医ならだれしも一度はあるのではないだろうか? 『子羊』に見えたものが、開けてみたら『狼』だった、という場合もある。迅速かつ的確な判断のもと、時にはやめる勇気も必要であろう。
さて、その前教授、『執刀医の心得』をこう説かれた。1)執刀医は手術の前日に、酒を飲んではいけない。2)執刀医は手術の直前に、精神統一をはかる。聞く話によると、前教授が以前おられた大学病院の医局では、医師達が手術の前にお仏壇の前でお香を炊き、合掌しながら精神統一していたのだとか。合掌といえば、浄土真宗の寺の娘に生まれながら、親に催促されて仕方なくご本尊の前に座って手を合わせ、「阿弥陀さま、一体いつになったら私にも信心を戴けるのでしょうか?」と、仏を催促している図々しい自分がいる。
そう、前段の教訓をダンスに置き換えてみると、そのままコンペに生かせそうだ。つまり、1)競技選手は試合の前日に、酒を飲んではいけない。2)競技選手は試合の直前に、精神統一をはかる。試合にはベストコンディションで臨むのが一番だが、筆者の場合、試合の前夜は遠征先の居酒屋で、桃源郷の境地となることが暫しあり。試合の直前は、うちのリーダーが目を閉じて精神統一しているのを良い事に、よそのリーダーを物色したり、ダンス物語の次号の構想を練ったり、病院からのコールに電話対応しながらソワソワしている。リーダーが早々に負けてくれたら、早く病院へ戻れるのになあ…とばかりに。競技選手として、あるまじき行為であろう(苦笑)。
最後に、話を手術に戻そう。執刀にあたり、患者さまやそのご家族からいただくご質問の一つに、「手術は絶対に成功するか?」がある。執刀医が『絶対』を求められた時、私はこのようにお返事するようにしている。
池田医師:「○○さんが、今日病院からおうちへ帰られるまでに、絶対に事故に遭わないという保証はありますか?」
患者さま:「はい、事故に遭いません。」
池田医師:「もらい事故や自然災害も含めて、100%絶対に事故に遭わず帰宅なさると断言できますか?」
患者さま:「いやぁ 絶対とは…。」
池田医師:「私が○○さんの目を執刀させていただいて失敗する確率は、その程度です。」
すると患者さま、安心してお帰りになるのであった。
☆プレッシャーは重力のようなもの。重力がないと筋肉も骨もダメになる。重力があるから自分が強くなる。(元サッカー日本代表監督)
著者名 眼科 池田成子