社交ダンス物語 83 現状維持・現状満足

コラム

「先生、贅沢は言いません。せめて、現状維持でお願いします。」
 緑内障の患者さまが、そうおっしゃる。そんな時、眼科医が真っ先に見るものは、カルテに記された患者さまの年齢だ。
「平均寿命を、とうに過ぎておられますね…。」
 約120万個あるといわれる網膜の神経節細胞の軸索は、健常人でも1時間に1本の割合で消えてゆく。脳細胞に至っては、二十歳を過ぎると1日に10万個ずつ死んでゆくといわれる。目にしても脳にしても細胞は、減りはしても増えはしない。これを『老化』と呼ぶ。もし人間が140歳まで生きるとすれば、全ての人が緑内障になるであろう。緑内障とは、まさに寿命との闘いである。

『現状維持は、後退である』
これは同ダンススクールに所属していた、先輩の言葉である。その先輩は元ラテンA級、競技会で闘った20代の対戦相手が、5回転スピンを見事に決めているのを見て、自分は引退を決意したという。頂点に登りつめた選手は、ある意味では気の毒だ。次に待ち受けているものは、落ちるか、現状維持。競技選手として下のクラスの自分なら、中年になってからダンスを始めても、まだ伸びしろの部分は幾分あるだろうか?(苦笑)

 年をとってから気がついたこと、『現状維持』は憧れである。研修医の頃は徹夜して仕事をしても、翌日はごく普通に働けた。40を過ぎた今では、とても無理。スポーツダンスも、そうなのか? 
「ダンスのいろはが解った頃には、自分は年をとっていた。」
プロの競技選手として現役を退いたコーチャーは、しみじみと言う。競技ダンス界は高齢化しているとはいえ、自分達は本年度試合で負けっぱなし。現状維持どころか、次年度は降級の危機にさらされている。髪の毛もそう。現状維持は夢の夢? 養毛剤をつけれども、育毛シャンプーでケアすれども、減りはしても増えはせず。(涙)

 現状維持は、ままならない。ブルーになった眼科の池田、当院併設・介護老人健康施設『なでしこ』の施設長先生ならびに副施設長先生に、悩み相談。数多くのご老人を、見据えてこられた。そこで、こんな名言をいただく。
『現状を容認する』
現状を容認することが出来れば、施設に入ってからも心穏やかに過ごすことができるらしい。そして今、大切なこと、それは
『自分がやりたいことをやる』
『手抜きしないで、今日を生きる』

 筆者は今のところ、目が見える。手も足も動かすことができる。これは当たり前ではなく、どうやら凄いことらしい。だから今、うんと働き、うんと踊って、自由に書かせていただいております。感謝!


☆チビ・ハゲも、容認しております(笑)。

著者名 眼科 池田成子