社交ダンス物語 56 「パートナーのひとりごと」

コラム

 雨ニモマケズ、風ニモマケズ、大雪にも負けず、昇級を夢見て毎晩のように病院の講堂でダンスの練習に取り組む40代のリーダーと私であるが、世の中そう甘くはない。「鉄は熱いうちに打て」という諺があるように、スポーツの世界では1歳でも若い方が有利に決まっている。後退しつつある前髪に『無常観』を感じながらミラーの前でポーズをとるパートナー、その傍らで足腰に湿布を貼り、膝をさすりながらシャドーを踏むリーダーの姿があり。悲壮感すら感じさせる。(涙)

 先月は、京都で開催された手術学会に参加した。京都の雪は控えめで、風情があっていい。雪にも『わび・さび』を感じる。除雪に悪戦苦闘させられるモンスターのような北陸の雪とは大違いだ。学会のメイン、某大学教授による特別講演の最後に、スクリーンに映し出された文字には「挑戦だけが、チャンスを作る」とあった。これは、ニーチェの言葉らしい。ダンスも然り。もう年だとか、才能がないとか、身の程知らずと周りから嘲笑されようが、諦めず挑戦し続けない限り、昇級のチャンスはあり得ないだろう。

 ここで、考えてみた。何故我々は、こんなにも競技の魅力に心を奪われているのだろうかと? 吉田兼好の随筆にある。人間の欲望の中で最も強いのは、『名誉欲』なんだとか。兼好といえば高校生の頃、『徒然草』を初めて読んだ時、「読みたかったのはコレ!」と夢中にさせられた。顔も知らない600年以上も昔の人が、「君はどう思う?」と、自分の傍でニヒルな笑みを浮かべているような感覚にさえ陥る。

 さて、話を名誉欲に戻そう。兼好によると、名誉欲には2つあるという。『人に勝つ』というのと、『人に認められる』こと。インタビューで優勝者はこう語る。競技ダンスは他者との比較ではなく、自分達のダンスに対する情熱であると。確かに、そうであろう。だが、大観衆の面前でそう雄弁できるのは、頂点に君臨することが出来た覇者のみ。とにかく勝負の世界では、勝ち上がらなければならない。それにしても、カップルがウエイトを一つにして踊るって、本当に難しい。

 ところで、2月といえばリーダー君にとっては勝負どころの季節? らしい。そう、バレンタインデーがやってくる(ダンス物語・第12話、第34話)。自称、モテない40代独身男の彼は先月、参加資格が『独身』という親睦会(アラフォーの会?)に参加させていただいたそうだ。親睦会では女の人とおしゃべりが出来て、とても楽しかったそうである。その中の誰かから、今年こそチョコがもらえるのではないかと、彼は大いに期待している。

 バレンタイン、そして春の競技会は刻々と迫る。奴奈川姫*、どうかこのチビハゲ中年カップルに、絶大なるご加護を!(笑)


*遠い昔、糸魚川を治めていたという、美しく賢い伝説のお姫様。



著者名 眼科 池田成子