社交ダンス物語 52 「ダブルの悲劇? 新潟県選手権大会」

コラム

『ピーピーピーッ』

 炊飯器の炊き上がりの音で、目が覚めた。時刻は午前3時半。外はまだ暗い。そう、今日は新潟県スポーツダンス選手権大会の当日だ。富山に住んでいる弟が、早朝からはるばる長岡まで応援に来てくれるという。そこで弟のために張り切って、おにぎりを作る。

 午前5時、競技会の持ち物リストのチェックを終え、病院へと向かう。午前5時半、昨日執刀させていただいた患者さまの、術後回診を始める(ありがたいことに、患者さまは朝がお早い。助かりました。)それからリーダーの車に乗り、長岡へと向かった。腹が減っては戦ができぬと、リーダー君は車中で私の作ったおにぎりを、むしゃむしゃ食べている。

 午前7時半過ぎに、会場へ到着。駐車場の一角に、見覚えのある富山ナンバーの車あり。弟だ。予定よりも早く到着したらしく、車内で待機している様子。そこで弟にも、早速おにぎりを手渡す。富山県民は、とろろ昆布が大好き。おにぎりといば、とろろでまぶすのが定番だ。他県生まれのリーダー君にいわせると、それはかなり奇妙なことらしい。

 さて、肝心の試合の結果は…。午前はラテンアメリカン部門であったが、シニア選手権は惨敗。ライジングスターの単科戦も、サンバとチャチャチャは最下位という悲惨な結果であった。

 昼休みの時間、午後のスタンダードの試合に向けて精神統一しているリーダーをよそに、パートナーの頭の中は次号の『ダンス物語』の構想が練られていた。
「勝ってばかりじゃ、つまらないわ。午後の試合もボロ負けだったら、エッセイとしては面白くなるわね」
「成子さん、病院エッセイのネタ探しのために、試合に出るの?!」
「冗談、冗談!(笑)」

 しかし、その『冗談』が、見事に的中?(苦笑)。スタンダードも全種目が無惨にも一回負け(涙)。ちなみに弟は、決勝まで姉を応援するつもりで、仕事を調整してきたらしい。姉達が呆気なく予選で敗退したお蔭で、予定よりも早く富山へ戻ることができた。
 
 帰りの道中、リーダー君はパートナーを励ます。
「成子さん、がっかりしないで。お客様は、僕たちが勝つことを問題としていないよ。誰が勝とうが、いいんだ。良い踊りを見たいんだよ。」
競技会に出場して場を盛り上げることが大切で、自分達は良い事をしたのだと言って、負けてもリーダーは笑顔で頷いている。

 一方弟は… 大会の翌日、激しい下痢に襲われたという。原因は、姉の作ったおにぎりにあるらしい(涙)。常温でまる一日熟成させた明太子おにぎりを、傷んでいるのを承知で食べたのだそうだ。観戦中は食べそびれたというが、何でそんな腐ったモノを食べたのかと怒ってメールすると、このような返事あり。

『お釈迦さまも真心で出された食事が腐っているのを承知で食され、血便を流しながら、お亡くなりになりました。食事を施してくれた人に、ありがとうと言いながら。』

ちなみに弟の職業は、お坊さん。姉が作ってくれたおにぎりは、お線香のような匂いがしたとか…。

 ああ、リーダーといい弟といい、呆れるばかりのお人好し。でも、そんな人達が身近にいてくれる筆者は、ひょっとして『ありがたい』のでしょうか?


● おにぎりは明太子じゃなく、梅干しにしておけば良かったな。憧れの選手「ピノ」のように、勝ち負けにかかわらず拍手喝采される選手になりたいものです。



著者名 眼科 池田成子