「どうか、目を開けて下さい。」
眼科外来にて、医師がある患者さまに、お願いをしている。患者さまは、診察室の中で目を閉じて、口を開けていらっしゃる。
「ここは歯医者さんではありません。眼科です。眼科に来たら、目を開けましょうね。」
緊張されてか、患者さまは更に口を開け、ぎゅっと目を閉ざされた。
「では、目を開けるお手伝いをさせていただきます。」
眼科医はそう言って、中指を患者さまの上まぶたに、人差し指を下まぶたにそっと置き、目を開けようとした。すると患者さま、今度は全身の力を振り絞って、両目をつぶってしまわれた。こうなったら、指とまぶたの力くらべだ。
「ちょっと目を開けさせていただきます。」
再度、目を開こうとした。
「あわわわ…!」
患者さまの叫び声。
「痛たたた…! 指が折れるっ!」
医師の悲鳴。
― 結局、指はまぶたに負けました。最終的には、開瞼器(強制的にまぶたを開く器械)の登場 ―
その日の夜も病院の講堂にて、いつものようにダンスの練習が行われた。『己の限界に挑戦せよ!』と、富山のホールで力説している先輩の言葉を座右の銘に、前述の眼科医はフルパワーでワルツを踊っている。踊りながら彼女の息は、時折止まっている。窒息寸前でプハッと大きく口を開け、陸の上で息つぎをしている。一方彼女のリーダーは、ホールドしている両腕をプルプルと震わせ、時折奇声を発して、歯をむき出して踊っている(ダンスというより格闘技?)。しまいには手はワシ掴み状態となり、グリップしているパートナーの手の甲に、ぐいぐい爪をめり込ませる。
「踊りながら、爪立てないでよ!」
パートナーの悲鳴。
「踊っている時ぐらい、息をしてくれよ!」
リーダーの叫び声。
それ、フツーじゃないよ!と、笑ってはいけません(爆笑)。上記のような奇異と思われる現象は、気が付かないのはひょっとして本人だけ? 皆様の日常にも、存在しているかもしれません。
ちなみに眼底検査の際に、「上を見て下さい」と申し上げたら、上を見ると同時に下唇を上へ突き出される患者さまは、しばしば見かけます。やれと言われたら、無意識に力が入るのでしょうね。
著者名 眼科 池田成子