桜の季節といえば、関東甲信越ブロックの春期ダンス競技会のシーズンだ。自称『女にモテない40代独身男』のリーダーは、社交ダンスの魅力に取り憑かれてからというもの『婚活』から遠のき、毎日のようにダンスの練習に勤しんでいる。そのパートナーも然り(苦笑)。そしてこの度、甲府で開催される山梨大会に向けて、三度目の春のダンス遠征が始まったのであった。
糸魚川インターから出陣。試合に向けての縁起担ぎに、道中の小布施サービスエリアで名物『栗ソフト』を食べる(ダンス物語・第15話 ダンス遠征珍道中)。300円だった栗ソフトが、今や330円に値上がりしていた。夕刻に目的地へ到着。そして会場の下見をすることに。上級クラスの選手になると、会場の明るさやフロアの色で、その日の試合に着るドレスの色を選ぶといわれる。技も実力も身長もない我々だが、気合いだけは人一倍だ(笑)。明日の試合は、情熱的な赤のドレスと決める。そして会場内の、トイレの便器の数もチエックした。笑われるかもしれないが、これは勝つための重要なポイントでもある。というのも、女性の競技用ドレスは上下がつながっていて、一人で脱着できないタイプのものが多い。トイレに行くとなると手間と時間を要するのだ。試合直前にもよおして、トイレの前が長蛇の列となっていたら、これは涙モノ。排便および排尿回数のコントロールも重要となる(大笑)。
下見を終えて、ホテルにチエックイン。さすが甲州だ、ウエルカムドリンクには、地元産のワインがテーブルに用意されていた。ホテルのフロント係さん、
「どうそ。」
と微笑んで、大きめの湯呑みほどのグラスに、赤ワインをなみなみと注いでくれた。「据え膳食わぬは武士の恥」とばかりに、お酒大好きのリーダーと私、嬉々揚々と一気飲み。
「白も是非、お飲み下さい。」
フロント係さん笑顔で、別のグラスに溢れんばかりについでくれる。お言葉に甘えて、白も乾杯!(笑)。それから待望の夕食へと出かけた。その日は、遠征先の名物を制覇することにした。甲州名物といえば、『信玄さま』に『ぶどう』に『ほうとう』だ。ほうとうは、武田信玄が野戦食として用いたという甲州独特の郷土料理である。
甲府駅裏にある、とある郷土料理店に入った。真っ先に名物、『カボチャほうとう』を注文した。小麦粉を練った麺やすいとん状の物を、野菜と共に味噌仕立ての汁で煮込んだ料理であり、具のカボチャが煮崩されて甘く溶けているのが美味。その他に地元名物として、馬料理や甲州地鳥なども注文した。郷土料理に舌づつみ。しかし、リーダーの様子がいつもと違う。試合前夜だというのに、彼は陽気でまるでリゾート気分。
「馬もつ煮込みを食べて、明日の甲府の競技会は、サラブレッドのようにフロアを駆け巡るぞ!」
今頃になって、ホテルのウエルカムドリンクがまわってきたのだろうか。リーダーは「ヒヒーン、ヒヒーン」と言って、上機嫌だ。彼はお酒に強い筈だが、仕事疲れと練習疲れと、長時間にわたるドライブがたたったのだろう。
いよいよラストのメイン料理が運ばれてきた。見事な甲州地鳥の串の盛り合わせだ。さすが、肉がピカピカ輝いていて、お味はとてもジューシー。それを一口食したリーダーいわく、
「うん、この豚うまい!」
「…。」
その時、彼のパートナーは、明日の試合に一抹の不安を感じたのであった。結果はいかに…。(後編につづく)
著者名 眼科 池田成子