社交ダンス物語 25 「怪我はつきもの?」

コラム

 ダンスパーティーやダンス練習場、競技会などで踊っている最中に、他のカップルと不意にぶつかることがある。ダンスパーティーでは、失礼や怪我のないよう安全に気を配るが、美と技を競い合う競技会では試合中に選手同士が激しくぶつかり、転倒することさえある。顔や頭を、他の選手の肘や手で強打されて意識が遠のくことや、蹴られて青あざができることもしばしばあり。時にはぶつかった拍子に、ヘアピース(部分かつら)が空中を飛んだり、ドレスが破けてしまうというハプニングにも遭遇する。ぶつかること自体は、採点で減点にはならないといわれるが、一試合が一分半という制限時間の中で、ぶつかってから元の体勢を立て直すのに数秒の時間を要し、それに伴う焦りやストレスは選手達にとって踊りに影響しかねない。
 では、どんな状況でぶつかりやすいかを考えてみた。まず競技会では、下のクラスほど激しくぶつかり合う傾向にある。我々カップルが試合中に激突した回数は数知れず(苦笑)。クラスが上になる程、選手達はフロアクラフトが巧いため、ぶつかったとしても軽少だ。上級選手は踊りながら周りの状況が読めていて、ぶつかりそうになった時、とっさに回避する技やスマートな身のこなしを心得ている。ダンスパーティーも然り、フロアが混雑していようとも上手な人はぶつかることなく、人と人との狭い隙間をぬうように踊っている。次に、ぶつかりやすい種目としては、スタンダードではスローフォッストロット(スロー)が挙げられる。壁に向かって踊り出すワルツやタンゴと違い、フロアの中央に向かって踊るというスローの特徴の所以だろうか。下のクラスの試合では、円陣を組むがごとく、全ての選手がフロア中央一カ所に寄り集まる奇異な光景を見ることがある。
 先般長野で開催された大会の日のこと、その日我々が挑戦したスタンダードB級戦の競技種目はワルツとスローであった。スローを踊っている時に、ハプニングが生じた。試合中に対戦相手と激しくぶつかり、私のドレスの腕の部分に縫い付けてあるフロート(はごろもみたいに、なびく薄い布)が切れてしまったのだ。床にハラリと落ちた長いフロートに気がつかず、今度はリーダー君が踊るたびにそれを踏みつけるから大変。ドレス本体に縫い付けてあるフロートの、もう片方の部分は背中であるが、その都度背中がひっぱられて私は転倒寸前。しまいにはドレスの背中の部分が、ビリッと破けるという惨事に(苦笑)。そういえば、映画「shall weダンス?」で試合中にリーダーがバランスを崩し、パートナーのドレスを踏みつけてドレスの腰から下がザックリ裂け、パンツまる見えというシーンがあった。あれは実に衝撃的である(笑)。
 さて、秋は競技会のシーズン。長野の次は千葉大会だ。各地の競技会場へは車で移動するが(ダンス物語・第15話)、糸魚川から千葉となれば首都高速道路を利用することになる。首都高を走って驚いたことは、都会の人達のドライビングテクニックは凄いということ! 3車線も4車線もある高速道路を猛烈なスピードで、カーチェイスのごとく網の目をくぐるように車線変更を交わしている。田舎道をトコトコ走っている私にとっては、恐ろしくてとても真似ができない。ダンスと違い、ぶつかったらおしまいだ。ふと運転席を見ると、リーダーは顔をこわばらせ、ハンドルを握る両腕には力が入っている。その有様は、まるで競技会で闘っている時のよう。その時、助手席に座っているパートナーの本音が出たのであった。「まだ死にたくないわ。運命を共にするのは、フロアの上だけにしてちょうだい!」


著者名 眼科 池田成子