中毒といえば連想するもの… 麻薬中毒、アルコール中毒、シンナー中毒…。さて、ダンスを嗜む仲間内で、『ダンス中毒』という言葉があるのは、ご存知だろうか?アマチュア競技選手の中には、我々の想像を遥かに超えるグランドシニアがいる。定年退職を契機に、連日午後2時から午後10時までの間、練習場で踊りっぱなしが日常だそうだ。なるほど、競技会で彼らを見ると、世の中にこんな凄い50代60代がいたのか…と、圧倒される。隆々とした背筋、引き締まったウエストに見事なヒップライン、瞬発力、力強さ…とても「おじさん」「おばさん」とは呼び難い。いわゆる『ダンス中毒』と呼ばれるグランドシニア達は、露出度の高い衣装で若者達と対戦しても、違和感を感じさせない。「鍛えた体は裏切らない」という格言は、まさにその通りである。
同じ競技選手でも時間にゆとりのある定年後の方々と違い、一般サラリーマンは一苦労だ。大変なのはダンスをすることではなく、ダンスの練習のための時間確保である。時間に拘束される職業なら、なおさらのことである。
さて、アマチュア競技選手である私の一日は、入院患者さまの朝の回診から始まる。午前9時からは外来診療(100人を超える患者さまが眼科を受診される)、午後は眼科手術の執刀に携わり(手術は通常5~6件。失敗は死刑!と自分に言い聞かせる)、夕方には術後回診を行い、それを終えたら仕事は終了ではない。指示箋や手術記録、紹介状や診断書等を作成し、来週の手術日程を組むという業務が残っている。仕事が一段落した頃には、疲れはピークとなる。他のドクター達は愛妻の手料理が待っているであろうが、自分を待ち受けているものは、競技ダンスの練習だ。
「今日も疲れた…」練習前に呟く私(ほぼ毎日)。疲れを隠してリーダーは無言。練習場は病院の講堂(ドクターコールがあっても、即時対応)で、練習開始時刻は午後9時を過ぎる日もある。時間を惜しんで、ノンストップで踊る。1時間経過、2時間経過…全身をうねらせ、汗みどろになって踊り続けているうちに、「ダンス」という名の麻酔薬に麻痺して、疲れすら感じなくなっている自分がいる。
「お疲れさま、今日はあまり踊ってくれなかったわね。」
「…充分に踊ったよ。」
その日、私はリーダーから 『ダンス中毒』 という確定診断をつけられたのであった(苦笑)。
著者名 眼科 池田成子