社交ダンス物語 13 「選手会ダンスパーティーの一日」

コラム

 高田のマキノダンススクールに通い、選手生活2年目を迎えた。社交ダンスの素晴らしい点は、基礎知識と基本的なステップを知っていれば、言葉が通じなくても世界共通、人種や年齢を超えて初対面の方とダンスを楽しめるところにある。ダンスをたしなむ方に共通して言えることは、生活感がなく年齢を感じさせないこと、これはダンスの為せる魔術だろうか。当教室のアマチュア競技選手は40名余で、技術向上と親睦を図るため、『選手会』を結成している。企画として一般のお客様をもてなすダンスパーティーを年に2回開催しているが、ホストである競技選手達はパーティー会場では赤いリボンを付ける。お客様に失礼のないよう、かつ安全にダンスを楽しんでいただけるよう周囲に配慮して踊ることが『リボン』の役目である。
 さて、巷では『競技選手=ダンスが上手』と思われているようであるが、例外も存在する。男子の腕をつり革としてワルツ・タンゴを踊り、ルンバやチャチャは相手を杖にロボット歩き…サンバはまるでタコ踊り…ウインナーワルツに至っては踊りそのものを知らず…。そんな競技選手っているの?と耳を疑うかもしれないが、筆者がそう。選手会のメンバーということで、パーティーでは着衣に赤いリボンが付いている。しかし、サンバやパソドブレ、スローフォックストロットなど苦手な種目の曲が鳴り始めると反射的に『お辞儀』の姿勢となり、ダンスフロアから場外へそそくさ逃げ出す。その姿、まさに避難訓練のごとし(苦笑)。
 新春のパーティーの日のこと、会場で官能的なサンバの曲がかかった。逃げ出そうとしたところ、ラテン特有の肉食動物のような眼力を放つお客様につかまってしまった。「あまり踊りを知りません。」恐る恐る小声で答える。「ええっ!君は競技選手でしょ?」お客様の目は点になる。リーダーの意向で、短期即戦として競技で戦うためにトレーニングされてきたため、競技で使うステップ以外は分からない。しかし、リボンという立場上、お誘いをお断りするのも失礼千万。「これしか踊れません!」腕をブンブン振り回し、リードとは無関係に無我夢中で踊り出した。まさに競技会のステップそのもので…。それは災難に遭ったと、社交ダンスの心得のある殿方なら彼に同情されるであろう(苦笑)
 次は長身の、英国紳士を想わせるお客様からワルツを誘われた。「実は、下手です。」恥はかきすて、笑顔で答える。「私も同じです。」お客様は微笑んで、優しく手を差し伸べられる。ナチュラルターン、リバースターン、シャッセ、ホイスクを繰り返す。これなら私でも踊れるわと、安心して一曲を踊り通した。『また踊って下さい。』という彼の言葉(ひょっとして社交辞令?)に、名ばかりリボンもニッコリ(笑)。 
 パーティー終了後、反省会の後に会場は選手達の練習の場となった。普段と異なる点といえは、いつものくたびれたTシャツ姿ではなく、今夜はネクタイとドレスだ。先輩からワンポイントアドバイスを頂いた後、リーダー君とフォーラウエイリバースの練習を始めた。先ほどのパーティーでかかった優雅なワルツの曲とうって代わり、「重い」「硬い」「進まない」と彼のつぶやく三拍子をBGMに、二人奮闘する。「まるで相撲をとっているようだ。成子さん、リードに合わせて踊ってよ!」顔面を紅潮させ悶絶寸前のリーダーの悲鳴をフィナーレに、選手会ダンスパーティーの一日は終幕したのであった。


著者名 眼科 池田成子