社交ダンス物語 323 人生100年時代の過ごし方

コラム

 「コーヒーメーカーの電源、切ったかしら?」
 朝の通勤時に、ふと心配になることがあります。心配の9割は起こらないといわれますが、残る1割だったら…。いそいそとマンションのお部屋に戻り、電源が切られているか確認いたします。50半ばになると、何かと忘れっぽくなったように感じられるのです。ひょっとして、忍び寄る認知症? 第二の糸魚川大火を出そうものなら、自分はここには居られません。そこで朝の出勤前に声を出して、火の元を指差し確認します。
「ガスよし! アイロンよし! コーヒーメーカーよし!」
 
 人間の脳細胞は、1日に10万個ずつ死滅してゆくといわれます。絶世の美女も、自分は偉いと威張っている人も、お金持ちもエリートも、老いは平等に訪れます。長生きしたら、みんないつかは老人。みんな、認知症予備軍です。キャッシュレス社会の時代に、自分は敢えて硬貨や紙幣で支払っています。スーパーではボケ防止のため、素早くおつりの計算をします。おつりの計算ができるうちは、自分は大丈夫なの? おつりを受け取り、ほっ。お財布へしまおうとしたその時のことです。硬貨がバラバラと床へ…(ムンクの叫びマーク)

 ああ、これも老化なの? ここで気持ちを切り替えましょう。かつて自分は糸魚川市民を対象に、健康講演会の講師を依頼されました。タイトルは『目から見えてくる人生100年時代の過ごし方』です。四十、五十は洟垂れ(はなたれ)小僧といわれますが、洟垂れ小僧の自分が元気で長生きを説くためには、大先輩のお言葉にあやかるしかありません。そこで90歳以上で、杖なし、お一人で元気に眼科外来を受診なさる患者さま16人を対象に、聞き取りをしました。うち7名は、現役で「畑仕事」をしておられました。農業の威力は素晴らしい!(JAを応援します!)新聞配達を40年間続けているという90歳女性もいました。他方、農業しない群の、健康で長生きの秘訣は、「何も心配しないこと」「ストレスをためない」「バランスの良い食事」「規則正しい生活」でした。ひ孫の世話をしている90歳イクメンもいましたね。若さの秘訣はお洒落して、毎日夜遊びとおっしゃる94歳男性、粋な帽子に和服姿で来院。お買い物を楽しむという90歳女性、膝丈スカートに白のパンプス、マニキュアです。

 さてここで、心強いことに大先輩のお言葉の中で、「目薬を忘れない」がありました。緑内障は失明原因の第一位です。40歳以上の20人に1人、70歳以上の9人に1人が緑内障といわれます。生まれた時にはおよそ140万本あった網膜の神経線維は、健常人でも年間約9千本ずつ減少すると言われます。健常人の場合、このペースで細胞が死滅しても120歳ぐらいまでは緑内障にはならないと言われます。緑内障患者さまの場合、細胞の減りが健常人よりも速いのです。加齢でも視神経は減少するため、高齢化に伴い緑内障の患者数は増加してゆくことが予測されます。
「命が先か? 目が先か?」 
人生100年時代、眼科医はハラハラしながら目の前の患者さまを診察しております。緑内障は治すことができない病気ですが、毎日欠かさず目薬をつけることで、病気の進行を遅らせることができます。
 
 とはいえ、脳細胞も視神経も、加齢とともに減る一方です。年をとると目薬をさし忘れたり、手がぶれて目薬を目の中へ入れることも困難となるのが現状です。そのうち患者さまは来院されなくなります。あの患者さまは今? 自分が眼科医になりたての30年前は、緑内障患者さまにこう申し上げていました。
「80歳まで目をもたせるために、頑張りましょう。」
そして人生100年時代の到来。眼科医は、もがき苦しむのです。そんな自分を救ってくれた言葉がありますので、ここに紹介いたします。それは、天才バカボンのパパの名言です。

この世はむずかしいのだ。
わしの思うようにはならないのだ。
わしはいつでもわしなので大丈夫なのだ。
これでいいと言っているから大丈夫なのだ。
あなたもあなたでそれでいいのだ。
 
わしはリタイヤしたのだ。
全ての心配からリタイヤしたのだ。
だからわしは疲れないのだ。
どうだこれでいいのだ。
これでいいのだ。
やっぱりこれでいいのだ。

 全ての心配からリタイヤする、これが人生100年時代を乗り切る処世術? 筆者の大先輩である競技ダンスのパートナーさん、認知症になってしまいました。でもリーダーさんと一緒にダンスの大会に出ておられたそうです。認知症になっても、アマチュア競技ダンスのパートナーが務まるのですね。表舞台で生き生きと活躍しておられたようです。ダンスでは、方向とステップを決めるのはリーダー(男子)のお仕事です。なお90歳を超えて、プロの女先生と華やかにタンゴをご披露なさる男性もいらっしゃいます。素敵ですね。人生100年時代、社交ダンスの威力はオソルベし!


☆ パートナーさん(女)はボケて良いけど、リーダーさん(男)はボケないで!(笑)

著者名 眼科 池田成子