前号(第293話)では筆者のキケンな実体験をふまえて、『火の用心』への啓蒙に努めました。今回のテーマは『転倒』です。新型コロナで外出自粛、足腰が弱ると、転んで骨折のリスクが大となります。とくにご高齢の方は要注意です。ちなみに人体で最も大きな筋肉は、太ももの前側にある大腿四頭筋(だいたいしとうきん)です。運動不足で足の筋肉が萎縮してしまうと、転倒の原因に…。
「転んだら、終わりです。」
眼科を受診なさる80代、90代の女性患者さまに、私はそう力説させていただいております。
転んで骨折といえば、骨粗鬆症のみられる高齢の女性がその過半数を占めます。ところでお若い方、それは対岸の火事と高をくくってはいませんか? 若い人でも状況によっては、転んで骨折します。その実例が筆者です。当時は血気盛んな30代、季節は冬。ヒールが高くて筒周りの細い、タイトでオシャレなロングブーツを履いていました。朝の出勤時に、ツルツルに凍結した病院の駐車場で滑ってしまい…
「アブナいっ!」
とっさに手製のお弁当をかばいました。そして自分はスッテンコロリン。
「いたーっ!」
あまりの痛さに顔がこわばる。そして立ち上がろうとしたところ…。
「え” ?」
全く足に力が入りません。まるでクラゲ。立つこと不可。池田が転んでいるのを見てニヤニヤ笑っていた病院職員は、いつまでたっても起き上がらないので、慌てて車椅子を持って来てくれました。そのまま整形外科外来へ…。
レントゲンを見て仰天しました。左足首の骨が見事に折れています。しかも、らせん骨折。そのままうちの病院へ入院となりました。1週間ほど左足を牽引してから、手術を受けました。
「ウソ?!」
手術後も仰天。骨折した左足の裏が、床に付かないのです。(アンビリーバボー!)どんなに頑張っても、かかとが床につきません。地に付くのは、足の指先だけ。足は地面に付くのが当たり前という常識は、見事にくつがえされました。リハビリを受けながら、3ヶ月間入院していました。とはいえ、自分は時代の先端を走るハイブリッド? 病室で朝食を済ませた後は、病衣から白衣へと着替えます。そして車椅子に乗って、眼科外来へ出勤。日中はお医者さんをします。仕事を終えると病室へ戻り、白衣を脱いで病衣に着替えます。そして患者さんになります。手術室で執刀する際は、車椅子や松葉杖は使えません。良い方の右足が命。ケンケンしながら一本足で跳びはねて、手術室の中を移動しました。
「マジっ?!」
さらに驚いたこと、それは足を骨折したことで、お尻の形が変わったのです。わずか2週間で、左のおしりの大きさが、右のお尻の半分になりました。つまり、骨折して使わない足と同じ側のお尻の筋肉(大臀筋)が、みるみると萎縮したのです。大臀筋(だいでんきん)は太ももの大腿四頭筋と共に体重を支え、立つ、歩くための基礎となる筋肉です。
「2週間で、お尻が元の半分?」
「ありえへん。」
「池田は大げさだ!」
そう思われるかもしれません。でも、これは事実(実体験)です。当時の自分のお尻の記録写真があるなら、ここに掲載させていただきたいくらいに深刻で重大な問題なのです。
最後に、筆者からのメッセージ。当時若かった自分が転倒・骨折して切実に感じたこと、それは年をとって骨折したら一大事ということです。高齢者の転倒は、寝たきりにつながる重大な事故になりかねません。転倒を予防するためには、下半身の筋肉をつけること、そしてバランス感覚を保つことが重要となってまいります。ダンスでいえば、クイックステップのホップ・シャッセを見事にこなすスーパーシニアならびにグランドシニアの競技選手が、そのお手本と言えるでしょう。そもそも下半身の筋肉は、加齢により減少しやすくなります。なお筆者の実体験からもお分かりになるように、体重の負荷をかけないと、若い人でも筋肉はみるみる萎縮してゆきます。コロナ禍で外出自粛、歩行数が激減した中高年の足は要注意です。転ばぬ先の杖、老いも若きもロコモにならないよう、日頃からちょこちょこ体を動かしましょう。
☆靴選びも慎重に。痛い体験をしてからは、冬場は雪国使用のゴム長靴をはいています。100歳ばあちゃん寝たきり知らずを目指しましょう。(笑)
著者名 眼科 池田成子